カテゴリー「 紹介 」の記事

33 件

更新を始めて今号で1年が経ちました。今後もよろしくお願いします。今回は最近読んだ本の中から面白かった本や、「年の瀬感にぴったり」「まさに今この時期」な本の紹介です。

愛じゃないならこれは何 斜線堂有紀

短編小説集で恋愛小説。ただし「これが愛ではないというのなら何だというのか」という2人(時には3人)を描いた物語で、「出会ってすったもんだがあって結ばれる(もしくは別れる)」話ではなく、きらきらした感情より「執着」や「妄執」のような単語が似合う恋愛小説です。

例えばアイドルとオタク、舞台にあがった2人のように「君が生まれてきてくれてよかった」「私はあなたのベターハーフ」と恥ずかしげもなく言い合うビジネスパートナー、高校時代からの仲良しで社会人になった今仲良く遊んでいる3人、あなただけ見つめてるのノベライズかなと思うような、恋に狂わせて彼好みの女になるためいろんなものを捨てた女の話。

すごく好きな一文があって

愛は落ちたら終わりの崖ではなく、絶えず湧いては足を取る泉だった。

ネットスラングであるところの「沼」を最大限綺麗に描写するとこうなるんだなと思った。きれいな泥沼。新規の水が流れ込む沼。noteで連載されていた短編集だけど、書籍版には書下ろしがあってそれは3人組の話でその中に登場するのがこの一文です。
恋愛も沼ジャンル。

パラソルでパラシュート 一穂ミチ

先日M-1グランプリが放送されていましたが、これはまさにそれが登場する長編小説。
柳生美雨は大阪城ホールの最前で靴擦れの痛みに耐えながら、流れてきた一曲に心の中で拍手喝采した。人気バンドといえど世間的な知名度はそう高くないが、自分ベストヒットセトリではナンバー1の曲を聴けた。いまいちの盛り上がりの中、自分が好きなその曲を歌うカメラスタッフを見た。その人の声が聴きたいと見つめているとその男性はぱっと美雨のほうを見て、「ふんすい」という口パクを送った。終演後変な人間に絡まれまくりながら待ち、美雨は芸人の亨と出会った。

大阪難波の芸人が暮らす事故物件の一軒家を舞台に湧き上がる友情や別離や共同生活。
マシンガンのように撃ち合う関西弁の会話劇はテンポがリアルな会話のそれで、違和感がない。方言小説は自分になじみがある言語であればあるほど気持ち悪く感じられるものがあるけど、特に芸人同士の会話は文字を追いながら音声で聞こえてくるようなレベル。

星を掬う 町田そのこ

元夫は今日も暴力を振るいながら有り金を奪い取っていく。千鶴は夜勤のパン工場のまかないパンで食をつなぎながら日銭を稼ぐ。それでも生活には金がかかる。そこでラジオの企画に自分の夏休みの思い出を投稿した。母との最後の思い出は5万円と引き換えにコンテンツになった。それが転機になって千鶴は今度こそ元夫から逃れるためシェルターを利用しつつ、幼いころに出奔した母・聖子が暮らす「さざめきハイツ」で暮らし始めた。
母は若年性認知症を患っており、聖子を「ママ」と慕う恵真や聖子の身の回りの世話をする彩子が一緒に住んでいた。そんな風にさざめきハイツには「母娘風の組み合わせ」がいくつもありながら、実際は「普通の母娘」の関係が築けなかった人間が住んでいる。

胃が合うふたり 千早茜・新井見枝香

エッセイ。タイトルからすると作家と書店員によるグルメ巡りなエッセイだと思ってたらまあまあそうではなかった(一応食エッセイ書きませんかという話で始まったそう)。とても仲がいいふたりだ。新井さんは大阪や名古屋でライブがあると、ちょっと足を延ばして京都に住む千早さんのもとへ会いに行く生活を月に1回ほどしているそうだ。
Aというところに行った時の話を千早さん視点、新井さん視点から読める。ごはん中の話も多いが、千早さん視点の「新井見枝香という人について」、新井さん視点の「千早茜という人について」を読むのがなんかやたらと面白かった。エッセイなのにお互いを紹介する対談を延々読んでいたような気がする。

メダリスト つるまかいだ

これ漫画なんですけど今が派手に薦める時なので。
男子シングルからのアイスダンス出身、全日本選手権出場経験あり。なんとかフィギュアスケートにしがみついてきた司はある日出会ったフィギュアスケートをどうしてもやりたいという少女いのりに才能を見出し、コーチをやることを決めた。
2人分の人生を使ってオリンピックを目指す物語。既刊4冊今なら1巻電子書籍が無料で読める(21/12/25現在)

少し前にやっていたアニメのユーリオンアイスはいきなり世界のトップ6(グランプリファイナル)の話からはじまったけどこれはバッジテスト(ガチの初心者)からはじまる。

なんで「今が派手に薦める時」なのかといえば今はまさにオリンピックイヤー! 2月に北京オリンピックが控えており、そして今日(12/25)&明日(12/26)でフィギュアスケート男子シングル・女子シングル・アイスダンスのオリンピック出場者が決定します [1]ペアを除き、全日本選手権優勝者は無条件でオリンピックに出場確定です
男子は多分この3人だろうなというのはあれど、女子は7点差に7人 [2]うち2点差に5人がひしめいているというものすごい大混戦です。誰が優勝してもあり得るというのが今年。

あとわたしは4巻にある2A(ダブルアクセル)着氷するシーンを何回読んでも涙が出てしまうんですが、26日にあるはずの4A(クワドロプルアクセル)着氷の瞬間の情緒が心配。

References

References
1 ペアを除き、全日本選手権優勝者は無条件でオリンピックに出場確定です
2 うち2点差に5人

ちょっと今本が読めたり文章を書いたりがちょっと難しい感じなので縮小営業でお送りします。

薄幸な公爵令嬢(病弱)に、残りの人生を託されまして ~前世が筋肉喪女なので、皇子さまの求愛には気づけません~ 夕鷺かのう

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異世界転生ものです。

「立てば卒倒、座れば目眩、歩く姿は死に損ない」
体に見合わない強力な魔力を宿して生まれてきたクレハ・メイベルは日常生活もままならず、成人は難しいだろうと言われてきたが、成人を迎える16歳を前にして毒を盛られた。どうせ死ぬならと魔力を使い、同じく死を目前にした鳴鐘呉羽の魂をクレハ・メイベルの体に宿した。
クレハ・メイベルとしての人生を託された呉羽は女性ながら180㎝を超える高身長、趣味は筋トレ、生まれは総合格闘技の道場で現師範代と、並みの男性では到底勝てないレベルの強い女性だ。
「力は自分以外の誰かを助けるためにある」と育てられ、早くに両親を亡くし、弟を育て上げ結婚式の日を週末に控えたある雨の日、増水した川に流された少女を救って死んだ程度に自分の事は二の次に生きてきた。

既刊の中ではヤンキー巫女逢桜伝が近い。ラブコメにしては圧倒的にコメディと立ち回りの要素が強く、切れ者なのにシスコンが過ぎて圧倒的に残念なイケメン兄も登場する。
サブタイトルの求愛に関してはこの巻については要素が少ないので、「自分はここで死ぬということを認識した上で、突然『異世界の公爵令嬢クレハ・メイベル』としての人生を生きることになった呉羽が、『申し送りが少なすぎる!!!』とぼやきながらこの世界で生きていくための情報を得て模索する(そのための情報元としての第二皇子イザーク)」物語だと思ったほうが齟齬が少ないと思われます。

怪を語れば怪来たる 怪談師夜見の怪談蒐集録 緑川聖司

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元々ジュブナイルで怪談本をたくさん書かれている方で、大人向けの本はこれが初めてですというツイートを見かけましたが、作風はあまり変わりすぎない感じです。ポプラポケット文庫の本の怪談シリーズがおすすめです。

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そっちと違うのは怪談が生まれる瞬間のような、遺体の描写がしっかりしているところです(でもそんなグロい感じではありません。児童向けに比べれば一般向けに描写がある、という感じです)

24歳の明里の結婚生活はモラハラにはじまり浮気相手の妊娠で3年で終わりを告げ、一時の実家生活を挟んで格安アパートでの再出発を遂げた……のだが、入居初日から深夜に隣室から壁が殴られ続けるという事案が発生した。不動産屋いわく自己物件ではない、しかも明里の部屋の隣も下も斜め下も空き部屋であるというのに、だ。
仕事帰りに「高校が一緒だった美佳だよ」と同年代の女性に声をかけられ、喫茶店でこのトラブルのことを話し、最近流行ってるんだよこの人に相談してみたら、と見せられたWEBサイトが「怪談師夜見」だ。霊は見えるがお祓いはできないという彼に追いすがって明里は自分の部屋を見てもらうのだが……という1話。
これは1冊できれいにまとまっているし、続きも読みたい1冊。

9月は怪談とともにあった月間でした。

池袋裏百物語 明烏准教授の都市伝説ゼミ

「池袋裏百物語 明烏准教授の都市伝説ゼミ」(原作:紅玉いづき)という朗読現場+配信舞台がありました。本作は2日間昼夜4公演で、その昼夜で役柄交代がある舞台でした。
推し作家が原作で、普段ラジオでしか声を聴くことがない [1]声優であることは知っているが普段どういう作品に参加しているのかいまいち存じ上げない方々参加しているのならそれは聞くしかないでしょう。

のちに完売が伝えられた小説現代に原作が掲載されています。紙書籍の入手難易度はかなり高いと思いますが、電子書籍の販売はあります。

作中作の怪談はこちらでまとまっています。電子書籍オンリーです。

配信自体はアーカイブを含めてもう終了していますが、当時はリアルタイム配信以降アーカイブで10日ばかし聞けたので毎日のように聞いてました。
これも1冊にまとまってくれるとうれしいなあと思いつつ。

ゴーストリイ・サークル 呪われた先輩と半端な僕 栗原ちひろ

3月になってようやく大学の合格通知がきた浅井行は「今!?」と言われつつアパートを探し引っ越しを終えた。思えば行は幼い頃から半端に怪異が見えてしまう人間で、引っ越したその日奇妙な現象に襲われた。その状態の行を助けたのは上の階に住む先輩、出会って一目惚れした瀬凪ほのかで、彼女は除霊ではなく「怪異をやり過ごす」共存する方法を提案した。
瀬凪もまた見える人で、怪異に悩まされる立場の人間だった。

ホラーと銘打った文庫作品ですが、そこまでおどろおどろしい描写があるわけではありません。元々ビジュアルを想起しやすい文体の作家なので、多少不気味さを覚えるシーンはありますがこればかりは相性の問題だと思います。恒川光太郎作品が好きな人はたぶん大丈夫です。
本作のみ現状電子書籍はありません。

怪談徒然草 加門七海

実話系怪談集。体験なのでそんな「驚かせてやろう」みたいな話はなくて、「ちょっといい話」から「なにそれめっちゃこわい」まで収録されています。
わたしは「怪談が読みたい」と言われたらこの本をおすすめしているのですが、その理由は内容もさることながらこの本を読むと大変奇妙なことが起こっています。
一度目に読んだときは異常に天井がみしみしと鳴っていました。古い木造家屋なのでそういうこともあるでしょう。でもその日は風があるわけではなく、普通の静かな夜でした。
二度目に読んだのは貸出処理を行わず、図書館で読みました。読んでいる間中ずっと誰かが目の前に立っている感覚があったんですが、見渡す限り、かなり広い図書館の端まで見ることができましたが、誰もいませんでした。本を読むとあんなにもそこに誰かがいる感覚がしたのに。

つばめ館ポッドラック ~謎か料理をご持参ください~ 竹岡葉月

将来を嘱望された元柔道女子×料理男子

膝の故障で普通の女子大生になる道を選んだ沙央が入居したのはレトロな洋館アパートで、月1で料理持ち寄りのパーティが行われている。ある者は手の込んだ料理を、ある者はデパ地下の惣菜を持ち込み、料理が持ちこめない者は食事を彩る謎の提供を、と入居時に主催者の大家に説明された。
といってもパーティはメイン過ぎず、沙央が同期入居者で口さがない宗哉の手料理を食べ女子力向上のための教えを請い、大学生活を堪能する物語です。学生アパートで起こるあれこれ+日常の謎系ライトミステリ。パーティに持ち込まれる謎は消えた女の謎、暗号で女装男子も出ます。

派遣社員あすみの家計簿 青木祐子

コロナ禍の派遣社員の生活

Pixivのキャプション的注意ですが、本作は2020年以降コロナが理由で雇用関係で変化があった(特に派遣切りに遭った)人が読むと当時のフラッシュバックがあるかもしれないのでご注意ください。

寿退社後に婚約者に逃げられカードの支払いに苦しみ日雇いの仕事でなんとか生活を立て直すアラサーOLの話。2冊目ですがここからでも読めます。ちなみに「悪性のインフルエンザ」として表現されるパンデミック下、現実の2020年以降東京とリンクした物語です。
無職を脱して派遣社員としての職を得て、家計簿をつけていてもやっぱり金銭感覚がちょっとおかしいあすみが副業でウーバーイーツの配達員をはじめる「非正規はつらいよ」物語です。
あすみは男運は悪いけど仕事的には周囲の人の助けもあってたくましく生きていくので、そういう世情でも過度にしんどくはない、でも現実過ぎるので読めない人は確実にいるだろう物語です。

References

References
1 声優であることは知っているが普段どういう作品に参加しているのかいまいち存じ上げない

今年は祭りも花火もないから8月ショートカットでいいわと思っていたら2週間も雨が降り続くって誰が思うだろうか。気が付けば最後に都会(本州)へ出てからもう2年がたって、特に今月先月は猛暑からの大雨で外出が極めて控えめになっていたら日本全国大変なことになっている。もうちょっと引きこもって生きていく所存。

ということで今月はテーマ相棒なんですが、とても面白くて時期的にも今でしょという1冊と出会ったのでこれから。

あめつちのうた 朝倉宏景

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トンボに3年、散水3年。神整備の裏側

2年ぶりの夏の高校野球が開催された今年は悪天候に振り回されている。雨天中止にノーゲーム、一時中断が多い今年は例年になく阪神園芸の名前を目にする機会が多い。本書はその阪神園芸の甲子園グラウンドキーパーの1年を書いた小説だ。
「神整備」と称されるにいたるまでどれほど地道な修行が必要か「甲子園の整備と芝生の管理」というのがどれほど職人芸の世界なのか、甲子園球場を見る目がちょっと変わる1冊。甲子園は阪神タイガースの本拠地でもあるので、現在パリーグで活躍中の選手を彷彿とさせる選手やタイガース生え抜き選手の引退セレモニーも登場する。タイガースファンとしては違う視点で読めるところも大変素晴らしい。
主人公は運動はからっきしだがマネージャーとして夏の甲子園ベンチ入り経験のある雨宮。またここに戻ってきたいという熱意で高校卒業後入社した巨人ファンだ。怒られしごかれながらグラウンドキーパーとして育っていく。
kindleでスピンオフ短編が無料配信中。こちらは雨宮と衝突を繰り返す元高校球児長谷が主人公。

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電子書籍:○

EAT 悪魔捜査顧問ティモシー・デイモン 田中三五

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特殊部隊出の捜査官×人肉を食らう異形の殺人鬼

富士見ノベル大賞佳作受賞作。
人外の化物が引き起こす事件を極秘裏に捜査をする部署がFBIに発足した。ひとりはニューヨーク市警特殊部隊出身で、9人が殉職した事件の生き残りのミキオ。もうひとりは57人を殺して食べた殺人鬼、本物の人外(ノンヒューマン)ティモシー。司法取引で自由を得る代わりに捜査に加わるティモシーの見張り兼相棒兼同居人としてミキオの新生活が始まる。

バディアクションが好きな人にはお勧めの1冊。
ウェンディゴという人肉を食らう種族のティモシーは、ミキオに対して自分への恐怖心があることを認めたうえで同居人としての相互理解を深め価値観や生活様式の違いについて譲歩を求めている。突っぱねるミキオに私は私だと認めてほしいと願う。
物語のメインは捜査とノンヒューマンの制圧と事件の解決だ。登場するノンヒューマンはウェンディゴのようなフィクションでは聞き覚えのない異形ばかりで新鮮で、ティモシーは飄々とした食えない男でとても魅力的。続刊を期待したい。

電子書籍:○

ある小説家をめぐる一冊 栗原ちひろ

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幻想小説×生きる偏差値が低い小説家×介護する編集者

編集者生活に見切りをつけようと思っていた田中庸は、同期に勧められた小説家些々浦空野のデビュー作に心をつかまれた。次作を求めて2回目の訪問でようやく対面することができた空野は「自分が書いたことが現実になる、子供の時からそうだ」とデビュー作をずっと直しているという。原稿をとりたい庸は甲斐甲斐しく料理を作りベッドから起床を促しラジオ体操をしましょうという。
コメディ要素がある一方でいない猫の気配を感じ、屋敷の匂いをかぎ、廃墟を彷徨い、別の人物の視点を通して世界を見る。作中至る所に白昼夢のような描写が差し込まれていて、現実と幻想が交差する瞬間がとてもいい。

電子書籍:○

マルタ・サギーは探偵ですか? 野梨原花南

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日本育ち異世界在住の探偵(※推理はしない)

高校を辞めた夏のある日、鷺井丸太は偶然迷い込んだ謎のコンビニで「カード戦争」のプレイヤーとなり、よりややこしい方向へ丸太を導いたアウレカとは離れ単身霧の街オスタスに投げ出された。所持品は事件を強制終了させる「名探偵」のカードのみ。
今後は社会の手暑い庇護のもと生きていくと考えていた鷺井丸太は、この世界でマルタ・サギーとして生計を立てていくことになった。

富士見ミステリー文庫で刊行され2012年完結後、2014年富士見L文庫で全面改稿のもと復刊された。しかしシリーズ途中で刊行が止まり、自費出版(同人誌)で出版された。そのため今から触れるのならば富士見ミステリー文庫版がおすすめだが、富士見L文庫1巻に登場する「レド・ビァ事件」はかつてあとがきでは登場しただけの語られない事件だったので、ぜひこっちも読んでほしい。ちなみに富士見ミステリー文庫は全巻Kindle unlimited対象作品だ。

政と源 三浦しをん

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水辺の町の人情物語

東京都墨田区Y町在住のつまみかんざし職人源二郎と幼馴染で元銀行員の国政(ふたりとも70代)の日常の話だ。性格が違えば生き方も違う。ふたりは戦前戦後の長い時間、時折喧嘩をしながら同じ時間を暮らしてきた。心から愛した女と添い遂げ今は若い弟子を育てている源二郎を内心羨みつつ、仕事に身を捧げてがむしゃらに働き休日は家族を顧みない不器用な生活をした結果、孤独な老後となった人生を国政は時折顧みている。
源二郎の弟子、徹平とその恋人マミの応援や指導をする話もあり。登場人物の心情に寄り添った日常の話が読みたい人に。

電子書籍:○

今号は以下のnoteをお手本に書きました。
『このラノ』式、ライトノベル400字レビューの書き方|岡田勘一[編集者・ライター]|note

オリンピック始まりましたね。とりあえず今環境音楽としてサーフィンの配信を流しています。今のところ競技中に突然推しが作った曲が流れたのが最大のハイライトです。ありがとうアメリカのアーチェリー選手。

ちょっと宣伝です。2010年に同人誌として頒布した「この少女小説がすごい!」をKindleで電子書籍として復刊させました。kindle unlimited対象書籍です。何分2010年当時の本で、絶版になっている本もあるので巻末に電子書籍有無リストも作りました。何を扱ってるかは試し読みで目次が全部読めるのでそちらでご確認ください。

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>おいしいベランダ 竹岡葉月

[amazon asin=”B01FEURL4I” kw=”おいしいベランダ。 午前1時のお隣ごはん (富士見L文庫)”]

完結おめでとうございます、のベランダ園芸からはじまったラブコメ。

大学進学といとこの海外赴任を機に一人暮らしをはじめた栗坂まもりは、お隣さんのイケメンスーツ亜潟葉二にひそかにときめいていた。
「時々話をするご近所さん」だった2人がもう少しお近付きになったのは栗坂違いでストーカーが警察沙汰を起こした深夜のことだった。夕食を事件のさなかに失い空腹のまもりは祝杯を挙げる予定だったという亜潟家に招かれた。
ベランダ農園からむしった野菜と半額の刺身でつくられた海鮮丼、具だくさんの味噌汁、蒸篭で蒸されたサラダと、インスタントではない温かいみそ汁にまもりは「わたしもこんなていねいな生活がしたかったのに」と涙を流し、葉ニは「お前は思い違いをしている」と多忙でこまめに買い物をするのは無理だけどちゃんとしたものを食べたいとうベランダ園芸沼一直線の話を聞かされる。

ライトな語り口で読みやすく、「隣に住んでいる人のごく当たり前の日常や人生の岐路」をのぞき見するかのような地面に足がついた物語。1巻は大学入学直後ですが、最終巻はそこから約5年ほど過ぎた話です。

電子書籍:○

ここからは「夏といえば」小説特集です。

トッカン 特別国税徴収官  高殿円

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夏休みっぽい本1。
中学校だったか高校だったか不確かですが、税金に関する作文を書かれていたなあという思い出。その辺の記憶と直結するのが本書トッカン。トッカンの舞台もこの作文の主催元も同じ国税局(の支店)。タイトルのトッカンとは「特別国税調査官」の略称であり税金警察「徴収官」の中でも特に悪質な滞納者をターゲットにする。

東京国税局京橋地区税務署の新米徴収官、鈴宮 深樹通称ぐー子は、国税局からの出向してきた特別国税徴収官の鏡 雅愛付の事務官として差し押さえ業務などに連れ出されつつ、税務署や事業所を訪問して一般市民からの滞納相談や督促などを行っている。

「悪どい滞納者と凄腕税務官」のようなわかりやすい2時間ドラマ的勧善懲悪構造ではない。確かに意図的に脱税している人物もいるが、消費税を払えず健康保険も払っていないから病院にもいけないカツカツの生活をしている自営業者も出てくる。

雲は湧き、光あふれて 須賀しのぶ

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夏といえば高校野球。今年は開催できているようで [1]それでも棄権せざるを得ない話はよく聞くがよかった。高校野球がテーマで、3編入りの短編集。

故障を抱え1打席だけバッターボックスに立てる超高校級スラッガー益岡と、自称「3年のヘタレ組」監督曰く走塁センスがある須藤の物語でこれはスポ根の王道。「ピンチランナー」

甲子園を目指すのは何も高校球児だけではない。
スポーツ専門の蒼天新聞社に入社して3か月、新人記者にとっては夏の地区大会は登竜門だ。埼玉県の強豪東明高校と1回戦で当たる三ツ木高校は毎年1回戦敗退の弱小校だと言われている……が泉千納(いずみ・ちな)は三ツ木高校のピッチングに驚き取材に向かう。「甲子園への道」

昭和9年にベーブルースと沢村栄治の一戦を観戦して野球に魅せられた少年。野球を愛し、甲子園を目指す彼に立ちはだかったのは戦争だった。「雲は涌き、光あふれて」

ちなみに3本目の表題作がお好みの方はぜひとも夏空白花をお読みいただきたい。

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夏の終わりに君が死ねば完璧だったから 斜線堂有紀

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夏の物語。平たくいうと難病ものです。

「多発性金化筋繊維異形成症」通称金塊病は発症後少しずつ筋肉が硬化し、骨に侵食されこの骨が金 [2]moneyではなくgoldに極めて近い物質へ変化する。そうして生まれた金は天然の金と並べても科学的に区別がつかない代物だ。
類のない病気のため国は献体を求めているが、人間が金に変質した場合もそれは「人間」なのかそれとも金と同じ組成をしているから「金」なのか。あまりにも価値がある物質である場合でも、遺体に値段を付ける付けないという発想は冒涜なのか、結局「金塊病患者の献体」は相応の金額が支払われることになった。その額、およそ3億円にのぼる。

片田舎の昴台の有り余る自然と停滞する経済を回すために、金塊病患者を収容・治療するサナトリウムが建設された。
少年江都はこのサナトリウム唯一の患者弥子と出会い、「自分にチェッカーで一度でも勝つことができれば遺産を相続させよう」と持ちかけられる。遺産とはつまり死後、この体が金塊に変わったあとの話だ。

これはネタバレのようでネタバレにはならないと思うし、そこで結構読むか回避するか決めると思うので書くんですが、奇跡は起きません。死にます。「人間の感情は証明できるのか?」「人生の正解とは」といった物語です。

DIVE!! 上下 森絵都

[amazon asin=”B009GPM3IW” kw=”DIVE!! 上 (角川文庫)”][amazon asin=”B009GPM3CI” kw=”DIVE!! 下 (角川文庫)”]

オリンピック開催中なのでオリンピックを目指すアスリートの物語。結構昔の話なので彼らが目指しているのは「シドニー五輪」で、児童向け文学としてまず刊行され、大人にもおすすめだと角川文庫入りした後もアニメになったり舞台になったり割と最近ドラマにもなったりして円盤発売を控えていたりと、何らかの形で触れたことがある人もいるかもしれない。

物語は存続の危機に立たされた弱小ダイビングクラブに所属する高飛び込みの少年たちが主人公。クラブ存続のための条件はオリンピック出場。高飛び込みって普通に生きているだけではおそらく触れることはまれな競技で、もしかしたら地元ローカル枠で有力な選手がいたら競技のシーンを見るかもしれないっていうレベルなんだけど、競技のシーンがすごくいいんだ。
青春をかなぐり捨ててスポーツに打ち込む3人の少年の成長・葛藤・意地の張り合いとかそういうのが好きで、今まで読んだことがないっていう人にはぜひとも読んでほしい1作。

References

References
1 それでも棄権せざるを得ない話はよく聞くが
2 moneyではなくgold

「テーマ:SF」って言いきった今回。
6回目の連載にしてまだ方向性を絶賛模索中なんですが、今回は「あいのかたち」がすごくよかったので「今号はSF特集やる?」と本棚を眺めてきました。
普段SFはあまり読まないので最近の作品がなくて、実質過去の名作特集です。

あいのかたち マグナ・キヴィダス 辻村七子

前作マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年の直接の続編なのかと思えば一回転半ひねった感じの短編集。前作はSFベースのキャラ文芸(この場合はキャラクターをたたせた文芸作品のこと)だったけど、あいのかたちは収録された5編とも硬い仕上がりだ。

世界はテンペストと呼ばれる自然災害でで北半球と海の3分の1は壊滅状態に陥った。災害が引き起こすあらゆる死で人口は120憶から3分の1以下にまで減った。ヒト絶滅を危惧した科学者は禁じられていたクローンを全面解禁・医療技術の発展は寿命を120年から200年へ延ばし、テンペストから150年後、アンドロイドが生まれた。
そういう世界での物語だ。

ジナイーダ:オレンサル氏と氏の孫が置き去った中古のアンドロイド「ジナイーダ」について
ピクニック:死にかけた1人の男とその男の存在に気付いた一体のアンドロイド。助かったと思った男の問いにアンドロイドは答える。「自分はレスキューではないので助けられないが、傍を歩くことはできる」「あなたに選べる道は2つです。ここで死ぬか歩いて死ぬか」
マーダーケース:一人の天才が死んだ。彼女はなぜ死んだのか
エピタフ:一世代限りのクローン個体集団について
ジナイーダreprise:ジナイーダのその後

「愛とは」「生きるとは」「人間と良き隣人アンドロイド」という話をずっとしている。アンドロイドは自分を害されても人間を害することができない。自殺に及ぶ人間を放置することができない。ピクニックが特にいい。240キロにわたる死出のピクニック。人間とアンドロイドの違いとは。

電子書籍:○

カスタムチャイルド 壁井ユカコ

16年前の作品。多分紙書籍で新刊を手に入れるのはすごく難しいと思うけど電子書籍はあるので。
遺伝子操作が一般的になって「金髪碧眼の日本人」に人気が集中し逆に黒髪黒瞳の人気が盛り上がってきたような時代。
ある朝大学生の三嶋は中学生ぐらいの下着姿の少女にカッターナイフを突きつけられた。昨日成り行きで泊めた推定家出少女だ。どう考えても関わるのは危険だったが、治安の悪い駅で放置するわけにもいかなかったが朝になってみればこのざまだ。
この2人の出会いは6月29日。まさに今ぐらい。今ぐらいに始まって夏とともに終わる物語。よいボーイミーツガールです。
       
電子書籍:○

君と時計と嘘の塔 綾崎隼

全4冊のタイムリープミステリ。

幼馴染にして好きな女の子、かつて小学生だった自分が陥れた芹愛が死んだという最悪な夢を見た日、綜士は夏休み明けの教室に異変を感じた。親友がいない。欠席なのか不登校なのか、担任に問いただしてみればおかしな回答が返ってきた。
「海堂一騎なんていう生徒はこのクラスには存在しない」
自分が作り出した幻だったのか、病気なのか、あらゆる状況証拠がそれはありえないと思っていても狂ってしまったのは世界ではなく自分なのではないか。
そして綜士は草薙千歳・鈴鹿雛美というこの事態に立ち向かう味方と出会う。
千歳は5年前この白鷹高校付近で発生した、気象庁にも存在を認識されていない大地震の謎を解きたい。
雛美は自分は数度タイムリープを繰り返しておりそのたびに綜士と同じ「大切な人の存在が突然消える経験」をしているという。

電子書籍:○

チグリスとユーフラテス(上)(下) 新井素子

SF、という観点で本棚を眺めているとこれを紹介しない理由がなかった。
電子書籍は存在しないけど絶版ではない様子なので未読の方はぜひご一読いただきたい。

地球から惑星ナインへ移住した人類は人工子宮を活用し世界に繁栄をもたらした。宇宙歴220年を超えたあたりから徐々に人口が減りはじめ、生殖能力に問題がある者が増加し人口は一転下降に転じ、惑星ナイン最後の子供「ルナ」が誕生した。老女ルナはコールドスリープで眠りについている惑星ナインの女を次々に起こしていく。ルナによって起こされた彼女らは、生まれてからコールドスリープで眠りにつくまでにナインで何が起こっていたかを語っていく。これは惑星ナインの逆年代記。

電子書籍:×

それはお前が童貞だからです 凪良ゆう

これはBLです。
タイトルがインパクトありすぎですが、SFです。30を越えて女性経験のない男が魔法使いになりました。ノリはギャグかコメディかという感じで、要素はヤクザと麻薬と超能力と火サスのノリです。作中で「〇滅の刃」みたいな伏字での記述が出てくるのは地雷だったっていう人には薦められないんですが、振り切れたギャグも書く人なんだなということも知られてほしいと思います。

電子書籍:○

本日5/25はあの新刊が出ます。

恩田陸の「麦の海に沈む果実」からつながる理瀬シリーズ、17年ぶりの新刊「薔薇のなかの蛇」が発売されます!
電子書籍の配信日は本日、紙書籍版は26日プラスマイナス数日ありますが、ここ2年ばかしは妙に「10数年ぶりにあの続編が世に解き放たれる」系をよく見る気がします。喜ばしいことです。

コンビニ兄弟 町田そのこ

久しぶりに大きめの書店へ行き、棚を歩いていたらなんか目が合ったので購入した本。
おりしもその日は本屋大賞受賞作発表の日で、えっこの人の本今日買ったよ!? ってなったタイミングのいい1冊でした。

本屋大賞を受賞した「47ヘルツのクジラ」は長編で比較的重めの物語ですが、こっちは連作短編です。「47ヘルツのクジラ」よりは軽いけど、軽い要素ののれんをめくったら結構ヘビーですよねこれ。

九州ローカルコンビニ「テンダネス」門司港こがね村店は名物店長がいる。
夜の仕事をした方がよほど儲かるのではないかと思うほどのフェロモンをまき散らす志波三彦にはファンクラブがある。構成員は主にコンビニが入るビルの上層階の高齢者専用マンションだ。

ライト文芸あるあるの、コンビニに持ち込まれる謎のようなライトミステリではなく、飯テロ小説でもないし、ほっこり小説でもないと思う。
「フェロモン店長」を主人公に据えたコミックエッセイをPixiv的なところで連載しているパート店員の話もあるけど、「夢にどれぐらい向き合うか」とか、「幼馴染の支配やいじめ」とか、「友人の死を契機に随分身近に感じられる死と余生の過ごし方」とかそういう感じの物語だ。コンビニはあくまで舞台装置で、6編の人生の物語。

52ヘルツのクジラの弊感想こちら→52ヘルツのクジラ/町田そのこ – colorful

東京ディストピア日記 桜庭一樹

2020年1月~2021年1月のコロナ禍の日記。

コロナ禍の日記は以前にも紹介した仕事本があるんだけど、これはそれとは違う。桜庭さんの日記であると同時に、「東京都知事がヒカキンさんのyoutubeに出演してステイホームを呼びかけた」「阪神の藤浪選手が感染した」「キリストの墓があるとされる教会が671年ぶりに閉鎖された」とかコロナ関連でこの日にはこういうことがあった、と振り返りができる。
できるんだけど、ものすごく遠い昔のような気もするし、なんでこんなに事態が変わってないんだろうということもある。

個人的にいいなあと思ったのは「三浦春馬さんは極端な選択を行い、亡くなってしまったというニュースが流れていた」という、2文字のあれではなく「極端な選択」という表記になっていること。検索したところ韓国だとこういう表記らしい。ずっとトレンドに三浦春馬○○という表記に嫌気がさして現在地をアイスランドにしていたわたしのような人間に優しい表記だった。

同種の本では英国ロックダウン日記もおすすめだ。

少女文学第4号

びっくりするぐらい豪華な雑誌風アンソロジーです。

執筆者・掲載作(敬称略)
特集『少女×戦争』
須賀しのぶ「魔女の選択」扉・梶原にき
紅玉いづき「戦場にも朝がくる」扉・☆
小野上明夜「蛙になったお姫様」扉・ゆき哉
東堂杏子「あなたはだあれ」扉・狐面イエリ
市川珠輝「竜乗りエッダ―箒星が流れたら―」扉・すみす
神尾あるみ「夜に咲く花」扉・島田ハチ
栗原ちひろ「雛が墜ちる」扉・itsumonoKATZE
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津原やすみ(SNS:津原泰水)「恋するマスク警察」扉・鳴海ゆき
若木未生「クウとシオ」

今30代で10代時分はコバルト沢山読みましたっていう人と、課金額問わずソシャゲやってる人はちょっと読んでほしい作品があります。
あと小野上明夜さんの少女文学作品は「隔離」って感じのブラックなものが放り込まれがちなんですが、今回は割とホワイトでした。でもこれは商業じゃ無理だって作品です。

紅玉さんの「戦場にも朝がくる」、本当にひどくて(絶賛の褒め言葉)これ以上読むの無理だって半日ぐらい家事して夜にようやく読むのを再開したレベルの。鈍器本当に鈍器。情緒をぐちゃぐちゃにしてくる1作でした。わたしはこれまで「次元の壁が消えた」とか「○○は実在する」文化圏の人は凪良ゆうの神様のビオトープを読んでくれって言ってるんですが、シャニライとかあんスタとかA3とかやってる人は読んでほしい作品になってしまいましたよ。

本作は同人誌で本屋では買えないので、以下の栗原ちひろさんのboothでお買い上げください。
なお5/25現在初版完売で重版入荷待ちです。入荷お知らせメールとか登録してお待ちください。1500円ぐらいするし電子書籍なぞ存在しないんですが、ある一定の読書歴をもつ人間にとっては致死率のバフがかかる1冊です。

通販受付:栗原移動遊園売店 – BOOTH

再びの緊急事態宣言の春がやってきてしまった。

別冊文芸春秋2021年5月号

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突然の雑誌(しかも電子書籍限定)だけど、今が波に乗る上でベストタイミングなので。
2021年5月号からはじまった連載のうち2つご紹介します。
ひとつは有栖川有栖「捜査線上の夕映え」
もうひとつは一穂ミチ「光のところにいてね」

まず「捜査線上の夕映え」から。
こちらは火村英生シリーズ最新長編作品。「連載開始にあたっての前書き」を読んでいたらシリーズ最初の作品「46番目の密室」が世に出たのは今から29年前、1992年のこと。
途中まで加齢し、今は34歳のままの火村さんとアリスは今作で2020年9月を生きる。
新型コロナウィルスの第2波が過ぎかけた、まだそれなりに平和だった頃の大阪と京都が舞台だ。
アリスはマスクをしてちょっとした旅もしくはただの電車での移動をし、火村さんはオンライン講義をする。
この連載が終了し新刊として発売される頃には「そういえばこんなこともあったね」と言える世の中になっていてほしいコロナ禍のミステリ。

そして「光のところにいてね」
この後とりあげる「スモールワールズ」が発売されたばかりの一穂ミチの一般向け(多分)新作長編。今後は成長するだろう、第1章では小学生の結珠(ゆず)と果遠(かのん)、2人の物語だ。

小2にして習い事だらけの生活を送っている結珠は、ある日母に連れられてとある団地へ行った。母は病院や施設でボランティアをしており今回もそれだというが、結珠が見たものはぼさぼさ頭で無精ひげを生やした男性と、その男性の前では今まで見たことがないようなふるまいをする母だった。
母とともに団地へ行き「階下で30分待て誰とも話すな」というそれは習い事がない水曜ごとに繰り返され、結珠はこの団地に住む果遠と出会った。
果遠の母は食品添加物や電磁波や予防接種等をこの上なく憎悪し、オーガニックに傾倒した人物だ。その母の元、果遠は食べ物や着る物や髪型、ちょっとした生活用品に友人関係に至るまで大きく制限や影響を受けているが果遠は「お母さんのそういう所嫌いじゃないけど、結珠ちゃんの前でされたらちょっと嫌いになるかもしれない」という。スモールワールズとも共通するところだが、季節の移り変わりや時間の描写がとても素敵だ。

別冊文芸春秋は隔月刊(※ただし電子書籍限定。紙書籍もあるにはあるが著者関係者のみの非売品の模様)発売日の時点でkindle unlimited対象書籍となっている。

今回の夕映えは、『朱色の研究』や『幻坂』の夕焼けとは違うのだ――念願の火村シリーズ最新長篇に懸ける想い はじまりのことば | コラム・エッセイ – 本の話
試し読み:コロナ禍で捜査も進まず、音を上げた大阪府警は… 臨床犯罪学者・火村英生と盟友アリス、いよいよ始動! 電子版37号 | ちょい読み – 本の話
迷ってばかりの私がようやく見つけた萌芽… ふたりの少女と共に私はこの物語を紡いでいく はじまりのことば | コラム・エッセイ – 本の話
うらぶれた団地で出会った結珠と果遠。惹かれ合う少女を通して描く家族、そして愛の物語 電子版37号 | ちょい読み – 本の話

スモールワールズ 一穂ミチ

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発売前からものすごい勢いで推されていて、丁寧な公式サイトはあるわ声優櫻井孝宏氏による掌編の朗読(19分)もあるし書店員さんのポップはすごいし既にコミカライズがアフタヌーンで走っている。

コミカライズについてはスモールワール公式サイト │ 講談社で一部公開されているので見てほしい。

で、本の内容に戻る。短編集だけどいい意味で何を読んでいるのか分からない。アンソロジーを読んでいるかのように内容も文体も様々なのだ。「家族」という共通点があるが、ミステリ(ちなみに収録作品の「ピクニック」は日本推理作家協会賞短編部門にノミネートされていた)もあるし、書簡体小説もあるし、コミカライズがすごく映えるようなコメディに寄った作品もあるしうらぶれた教師と離婚した妻が引き取った娘(心の性別では息子)の話もある。家族という小さな世界の物語がどれも驚きの展開へ連れていく。
「泣ける物語」ではない(泣く人はいると思う)、ほっこりする物語でもない、でも絶望の物語でもメリバでもないのだ。「分かりやすい」「ちょっといい話」のだけど、傑作がこんなにも1冊に集っていることがあるかーーーと叫びたくなる物語だ。

電子書籍:○

今(2021/4/25)やってるDMMブックスのポイント50%バックキャンペーンで一穂ミチ作品BLを含めて多くが対象になっている のでこれを機にいかがですか……。
非BL作品は「スモールワールズ」と「きょうの日はさようなら」の2冊のみ。
BL作品のオススメは「イエスかノーか半分か」(シリーズ作品の1冊目)と「ぼくのスター」(これは単刊)

となりの魔王 雪乃下 ナチ

[amazon asin=”4047304883″ kw=”となりの魔王 到来編 (ビーズログ文庫アリス)”]

緊急事態宣言でくさくさしている人もいるかと思うので、コメディに全振りの作品を引っ張り出した。
地方の町が舞台で現代だけどファンタジー。どのぐらい地方かというと「町内会」「回覧板」が生きている、「24時間営業のコンビニができたら町が沸き立つ」田舎町だ。そんな町に一人の少女には激震が走り、それ以外の住民には「コンビニができた以下」の事件が起きた。
瀬野夏織の隣に魔王が引っ越してきた。魔王だ。マッチョすぎるから魔王とあだ名がついたのではない。角が生えていて真っ黒のマントをまとい肩にはカラスを乗せている。ちなみに空も飛べる。ご丁寧に引っ越しそばを持ってきたその魔王はこの町になじんだ。
夏織の家族からして「そりゃ角ぐらい生えてるわよ魔王だもん」「ここらあたりじゃ魔王が引っ越してくるなんて珍しくもなんともないでしょ」という。
魔王が引っ越してきて、何をするわけでもなく、何日か何十年か普通に暮らして戻っていく。ここはそういう土地らしい。

そういうただの日常系コメディだ。勇者は出てくるけど魔王と夏織の間にラブが生まれない。
本作は2015年にビーズログ文庫アリスから刊行されたもので、元は個人サイトで連載されていたオンライン小説。小説家になろうにも掲載されておりこちらには書籍版には収録されていないものも載っている模様。

となりの魔王(小説家になろう)

暁天の星 鬼籍通覧/椹野道流

[amazon asin=”B07X9LVGR5″ kw=”新装版 暁天の星 鬼籍通覧 (講談社文庫)”]

最近ようやく「いつか見る」リストにあったドラマのアンナチュラルを見た。見たと言っても今まだ完走はしてなくてあと2話残している状態。UDIラボという架空の研究機関で不自然な死を遂げたご遺体の解剖・死因の究明を進め、死の裏に隠された謎だったり事件だったりを解明していく物語だ。
でこれを見るにあたって思い出したのが鬼籍通覧だ。こちらは大阪府にあるO医科大学法医学教室に配属された新人伊月崇が先輩の伏野ミチルにしごかれ、ご遺体を解剖する。
ある日やってきたご遺体は線路に飛び込んだ若い女性に車に飛び込んだ若い女性。謎の共通点とは。

アンナチュラルに比べると欠損部位が多いご遺体が多いので、文字から状態を想像してしまうとうわぁ……となってしまう人もいるだろう内容でホラー要素を含むのでそういう意味ではちょっと読む人を選ぶ本ではあるんだけど、間に「飯食う人々」というインターミッション的ななごむシーンも挟まれている。

桜の季節がやってきました。地元でもようやく桜の開花が宣言され、福島県では聖火リレーが始まりスウェーデンでは世界フィギュア選手権が始まり今2020年じわじわ再起動してるなと思います。なんとか収束してほしい。

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 若林正恭

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自由に旅行ができなくなってから1年以上経ち、いつになれば旅行に行けるかもまだちょっとよくわからない。そんなわけで旅行エッセイを読む。これはオードリーのツッコミのほう、以前小説家と鼎談番組「ご本、出しときますね?」のMCをやっていた若林正恭氏だ。
氏は2013年のころ家庭教師を雇っていたそうだ。アラフォーだというのにニュースを見てもさっぱり理解できない。これは恥ずかしいのでは、と思いたち友人に紹介された。
そして自分の悩みの根源とは別のシステムで動いている社会主義国家キューバへの旅行を決めた。2016年6月のことだ。

本越しではあるがキューバの人がどのように暮らしているのか垣間見える。
配給所があり飢える心配はない、でも最近それでは足りずスーパーでも買っていること。
国営企業のためスーパーで売ってる調味料はどれも2種類程度であること。
職業訓練がしっかりしており、ウェイターからスポーツ選手までなりたい業務の専門学校を卒業する。でもコメディアンになりたい人間が学校を出た後バイトで食いつなぎながらデビューを狙うということはあまりないこと。
就職は義務ではないが「アルバイト」という概念があまりないこと。
海がきれいなこと。
亡命は禁止されているが、身内に亡命者がいると生活が裕福になる矛盾があること(キューバから発送は制限があるが、キューバへ発送・送金は制限がなくスマートフォンも送ることができる)
異国の空気を感じることができる。それ以外に収録されているのはモンゴル・アイスランド。コロナ後の東京。

電子書籍:○

小説という毒を浴びる 桜庭一樹書評集 桜庭一樹

[amazon asin=”4087711676″ kw=”小説という毒を浴びる 桜庭一樹書評集”]

東京創元社のWEBサイトで掲載されていた桜庭一樹読書日記がとても好きだった。書籍化されているものは各オンライン書店では注文できないか中古のみのよう。書店ではまだ並んでいるところもあるだろうか。この本はそれらを楽しみに待っていたころを思い出す本だ。
帯には約15年分の書評ということで、収録期間は2005年~2018年。最も多いのはリレー読書日記やあちこちで書評を書かれていた2006年~2009年の間で、書評以外では道尾秀介氏・冲方丁氏・綿矢りさ氏・辻村深月氏との対談も収録されている。
解説も収録されているが、その昔この解説を読みたいがために本を買っていたことも思い出されて懐かしい。桜庭さんが本の話をしているのが好きな人はぜひともオススメの1冊。

映画レビューと火の鳥の連載をやっていたことは知っているが最近は何か刊行予定あるんだろうかと検索してみたらコロナ禍の東京の日記が出るようだ。

[amazon asin=”4309029612″ kw=”東京ディストピア日記”]

推し、燃ゆ 宇佐見りん

[amazon asin=”4309029167″ kw=”推し、燃ゆ”]

第164回芥川龍之介賞受賞作。
直木賞ならともかく純文学対象の芥川賞受賞作を読もうとは普段あまり思わないが、本作は「アイドルを推す」ことを生活の中心に置いている女子高生の物語と聞いて俄然興味を持った。
いかにも大衆、という感じのそういうものが純文学で題材として扱われるのか、と思っていたら「芥川賞は時代を映す鏡」という話を目にし、ジャニーズのアイドルやNiziUやowvのようなアイドル、それに「推し」「推す」と言われる対象が人にとどまらず食べ物や企業にまで及んでいる現在ならそれもそうかと思った。

物語は「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」の一文で始まる。
虫の知らせか早朝に目が覚めたあかりはざわつくSNSで推しが起こした事件を知る。

推し:男女混合アイドルグループ所属上野真幸
推す:女子高生あかり。ファンのスタンスとしては現場には行く、でも特定はされたくない。有象無象の拍手や歓声のひとつでいたい。推しの見る世界を見たい。
あかりは推しのためならバイトも頑張る。推しの情報を集めてルーズリーフにまとめて咀嚼して自分の解釈をブログに書き連ねる。その経過であかりのブログは人目を集め同じグループ推しの友達ができた。推しに対する解像度を高め、その強固さは推しと同じグループのメンバーも舌を巻くほどだった。
しかし「推しがファンを殴って炎上」のニュースはどう解釈すればいいか分からない。自分の解釈では推しは穏やかな人間ではないが、人を殴るような人間ではない。怒ればいいのか、庇えばいいのか、SNSで目にする感情的なファンを眺めて嘆けばいいのか分からない。でも今後も変わらず推すことだけは決めていた。

あかりの生活はすべて推しを中心に回っていた。世界の人々が難なくこなせる生活も人生の彩りも自分はままならない。しわ寄せに苦しみながらも生活のすべてが推しに集約されていく。淡々とした語り口とは対称的に「オタクのすなるSNSでのふるまい」の描写は濃厚だ。どこかでアイドルが、若手俳優が炎上するとみられがちな光景が再現されている。

次元を問わず人物を推してファン活動をしたことがある人なら理解できすぎてしまう物語だと思う。

電子書籍:○

腐男子先生!!!! 瀧ことは

[amazon asin=”4047347108″ kw=”腐男子先生!!!!! (ビーズログ文庫アリス)”]

「推し、燃ゆ」は重いので、「重い」方向性が違う「推しとオタク」の物語も紹介する。

女子高生の早乙女朱葉は漫画を描いて本を作って同人誌即売会イベントへサークル参加する腐女子だった。ある日のイベントでノベルティを渡し損ねた男性を追いかけ、彼が自分の学校の先生であることに気がついてしまった。
これは女子高生(腐女子)と教え子を神だ推しだと崇める先生(腐男子)のラブコメです。
その時に流行ったオタクコンテンツの話題がそれとなく振りまかれているのでネタ元を頭の中で転がしながら読むのもよし(分からなくても面白さは減りません)コミカライズから入るのもよし、元が小説家になろう掲載作品のため隙間時間に読むのもよいでしょう。

書籍版完結済全3巻

電子書籍:○
小説家になろう:腐男子先生!!!!!(書籍版未収録作品あり)
コミカライズ:腐男子先生!!!!! – pixivコミック

死んでも推します!!~人生二度目の公爵令嬢、今度は男装騎士になって最推し婚約者をお救いします~ 栗原ちひろ

「推し、燃ゆ」とは違う方向の「推しを推す」物語のご紹介です。これはこれから書籍化されるオンライン小説作品で、異世界ファンタジーでコメディ要素が大分強いラブコメです。

公爵令嬢セレーナの推しは自分の婚約者だ。はじめて出会ったのは10歳の時に見せられた肖像画だった。見た瞬間天使がラッパを吹いて祝福した。私は「萌え」という概念を取得した。16歳の結婚が近いある日、婚約者ともども炎に巻かれそこで意識は途絶えた。次に意識がはっきりした時、自分は生まれて1年未満の赤子に戻っていた。
どうして自分がまた2度目の生を受けているのかは分からない。だけど今度こそは「推し」を死なせない、婚約者でなくて構わない彼の身を守れるなら。
そうしてセレーナは男装を身にまとい「推し」フィニスの剣になることを決めた。

こちらも小説家になろう掲載作品で、書籍化とコミカライズが決まっています(※発売日未定) 講談社Kラノベブックスfで刊行予定。

略称「でも推し」は去年6月から9月中旬にかけてほぼ毎日連載されていた全100話の物語です。毎朝ひと笑いしてから仕事についていました。書籍版は現在リライト中とのことで、手元に届けられる日を楽しみに待ちたいと思います。

小説家になろう:【書籍化】死んでも推します!!~人生二度目の公爵令嬢、今度は男装騎士になって最推し婚約者をお救いします~

とりあえず目標の第3回に辿り着きましたわ。いやでも冊数少なくても週に1回更新の方がいいのかとか色々と考え中です。どう思います? こうあれこれ悩むのは開設したての方向が定まってない時のお楽しみのような気します。というのもあれなんですよ。先日2月22日に個人サイトcolorfulが開設20周年を迎えました。私自身がまだ振袖を着られる身の上なんですけど、実質我が子のようなものです。

ゴールデンタイムの消費期限 斜線堂有紀

書けなくなった「元天才作家」高校生の綴喜文影に元に届いたのは「レミントンプロジェクト」への招待状だ。紹介してくれた編集小柴によればこれに参加すればまた書けるようになるということだった。
ヘリコプターに乗せられ辿りついたのは山中にある施設だ。個人のスマートフォンは持ち込めないようになっており、11日間をともに過ごす5人と引き合わされた。料理人、バイオリニスト、映画監督、日本画家、棋士。綴喜も含めた6人に共通するのは「今は見る影もないがかつて天才と称された人間」だ。

レミントンプロジェクトとは人工知能「レミントン」とのやり取りでかつての天才に力を取り戻させるプロジェクトだった。
同世代で「かつて天才としてもてはやされたこともあった」という似たバックグラウンドや傷を持つ男女の交流と、AIの補助のもと自分と向き合う期間。このプロジェクトは閉ざされた密室で行われ、AIは6人の心を揺さぶり激しく取り乱させるが暴力沙汰や死者は出ない。綺麗な物語だ。
「AIが人間の仕事を奪う」「AIを利用することで広がる世界」など様々な可能性はきかれているが、作中のようなことは既に行われているのかもしれない。

電子書籍:○

金星特急 嬉野君

金星が花婿を探している。金星が選んだ男はこの世の栄華は思いのまま。花婿候補はどこからともなく現れた特急が金星の元へ運んでいく。そうして金星特急に乗り込んで無事に戻ってきた者は誰一人おらず、特急を追跡した者たちもすべて撃ち落とされた。
金星に一目ぼれした錆丸は入学したばかりの高校を中退し金星特急へ乗り込んだ。そこで出会ったのは腕は立つが不愛想で正体不明の砂鉄、大喰らいの美貌の騎士ユースタス。
金星特急が彼らを連れていくのはどこか、金星とは何者なのか。
世界を股にかけた冒険活劇金星特急。

さて約10年前に完結した本作をここで取り上げる理由はひとつ、来月3月10日、「続・金星特急 竜血の娘」が発売されるためです。

金星特急と地続きの物語であるためこれを読んでいるほうが圧倒的に解像度が高い。私は小説ウィングスで連載を追っているので内容を知っているので言いますが、本作においては「続編はコケる」「あれは越えられない」は全く適用外。
毎回金星特急らしい「頭をかち割られそうな驚き」と「冒険」と「世界を旅する空気」を楽しんでいます。今年一推しの一冊になるのは間違いない。できるだけネタバレを避けて既読者向けに叫びたいのですが、月氏が好きな人はこれを読んで面白かったら小説ウィングス本誌最新とひとつ前を買ってほしい。

電子書籍:○(※続・金星特急についても1カ月遅れで電書になる)

わたしの幸せな結婚 顎木 あくみ

斎森先妻の娘、斎森美代は継母・異母妹に虐げられて使用人同然に育った。母方の異能の血を受け継いで生まれたはずが見鬼の才を持たなかったことが大きい。
ある日、美代は久堂清霞の元に嫁ぐことになった。清霞は美しい容姿だが冷酷無慈悲、今まで何人もの女性が結婚を諦めて去っていったと美代の知るほどの噂の人物だ。それでも美代にはもう帰るところも行くところもない。実家は美代の唯一の味方幸次が異母妹と結婚して継ぐことになった。

王道のシンデレラストーリーでかつてコバルトを読んで育ってきた人間としてはかなり懐かしさを覚える作品。最初は人間不信全開の対応だった清霞と自責の念の塊の美代がじわじわと距離を縮めていく様がほほえましいです。

電子書籍:○

オタク女子が4人で暮らしてみたら 藤谷千明

エッセイ。
フリーライターという仕事上、30代後半とという年齢上付きまとう将来の不安。さらに階段から転げ落ちたり、パートナーと別れたり様々な不安が夜泣きという形で現れた。
不安解消案として考えた結果シェアハウスはありなのでは?? と考えた筆者藤谷さん、オタクルームシェアしない? とLINEで持ちかけ「面白いほうに5000点!」と話はとんとん拍子に進んでいく。すったもんだ―の後家を契約する時点で「10年来の友達の本名を知る」というのは実にオタクあるあるだと思った。

ルームシェアの体験談として非常に成功例だと思う。「気心の知れたフォロワーの近所に住んで推しの円盤を見たりマンガの貸し借りをしたり一緒にご飯を食べたりしたい」みたいなオタクグループホーム計画を夢見たことが一度や二度ある人は多いのではないか。
オタクはすぐガチャに例えるが、これは住居も友達も住人もガチャの引きが爆裂によかったと思う。なので汎用性があるハウツー本ではないしオタクグループホームにあこがれがありすぎる人は羨ましさで鬼になれそうな本だが良い読み物だ。
時期的にコロナ前~日本で感染者が増え始めたころのこと。

電子書籍:○(2/24現在電子書籍は400円弱で購入可能です)

仕事本

2020年4月、緊急事態宣言が出た東京在住の人たちはどのような風に仕事をしていたのか、という日記アンソロジー。有名な人も無名な人も。パン屋・タクシーの運転手・介護士・ホスト・漫画家・旅行会社の社員・専業主婦・CAなどなど77人が語る2020年4月。

コロナ初年の世界はどんな風だったのか、去年の春の首都圏はどんな風だったのか、という本です。
人の日記を読むのが好きな人に。

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