回樹 斜線堂有紀
特殊な世界観の中で、愛情や死者を悼む気持ちや遺された者の執着を書かせたら斜線堂有紀はすごい小説家だ。
本作はSFマガジンに掲載された短編集で、女性同士の恋愛、妻を亡くした男性、朽ちない死体、映画の輪廻転生の物語で、特によかったのは「骨刻」と「不滅」
骨刻(ボーンレコード)はとある医療技術だ。機能を阻害しないレーザーで骨に文字を刻むことができる技術だ。でも一見しただけでは分からず、レントゲン撮影をすることではじめて文字が認識できる。そんな「なんかすごい気もするけどいまいち使いどころがない」技術だった。無価値だったその技術がなんとか商品になるよう、ある美容整形外科が骨刻をはじめた。
最初にそれが流行ったのはカップル間やサブカル界隈だ。推しの名前や思い入れのある一節を骨に刻み、レントゲン写真とともにSNSにあげ、ある人はジャケット写真に使用し、ある人は呪いのような遺書を骨に刻みこみ自殺した。
本当に自分の骨に文字が刻まれているのかはレントゲンを撮らなければ分からず、骨の写真に画像加工してしまえばいいわけだ。誰かへの愛を骨に刻み、それが自分の中に残っていることを拠り所にして生きる。骨刻は信仰のようなものだった。
その信仰の話。
そして「不滅」は宇宙へ行けるようになった日本での話で、テロリストの話でもある。
元公安の叶谷仁成の「クレイドルー宇宙港を占拠した」と警察への犯行声明からこの物語は始まる。
叶谷の手には宇宙港の3分の2を吹き飛ばせるほどの爆弾がある。彼はこの犯行に走ったきっかけを語る。彼は「最初の死体」を扱った。
「菊宮めり乃」は不幸な事件に巻き込まれて命を落とした後、台風による水害で火葬場が使えず10日間そのままだった。腐敗の気配もなくまるで寝ているだけのような彼女は火葬場でも焦げることさえなく、警察病院へ運ばれていった。
死体が腐らない現象はその後全国に広がった。死んだ時の傷は残っているのに、死後は傷ひとつつけられなくなった。火葬ができないなら土葬するしかないが、場所は有限で土に還ることもなく遺体は増え続ける。やがて宇宙へ葬送する船の制度がはじまって、民間の宇宙旅行は禁止され葬送船ばかり空を飛び交うようになった。
やがて「弔い」なんて言っていられない時代が来ることを皆想像していた。
SFといっても百合だったりエンタメを守る人たちだったり、現代日本とたいして変わらないようでちょっと進化した未来の話があったりでとっつきにくくはないと思う。
祖母姫、ロンドンへ行く! 椹野道流
エッセイ。
ステキブンゲイ連載中晴耕雨読に猫とめしから、連載中結構話題になっていた「自己肯定感の話」を大幅に加筆修正したものです。
若かりし頃の椹野道流さんは、80代の祖母と5泊7日のイギリス旅行へ行った。正月の集まりで「イギリスに行きたい、お姫様のような旅がしたい」と呟く祖母を一族総出で叶えることにして、すべての旅程をイギリス滞在歴がある椹野さんが付き添うことを決めた。
年相応に病気をいくつか抱え、認知症もあり「プライドが高く面倒なところがある」祖母にとっては、これが人生最後の海外旅行になる可能性が高いと、誰しもがそう思った。だから旅行は贅沢を尽くしたものになる。80代の行動力と体力に合わせた結果、飛行機はファーストクラス、ホテルは5つ星。
その結果椹野さんが出会った人たちは、実に行き届いたサービス、ホスピタリティ、「遠回りになろうともあなたのことを尊重する」というような言動を自然にする人たちが多くて、こんな人に若い時分に出会っていたらその後の人生に影響を及ぼしたり、何歳になっても思い出すだろうなあこれは、思う。
「椹野さんが出会った人」には旅の片割れ、お祖母様の弱いところをえぐってくるような名言の数々もすごい。直接言われたわけでもないのにこちらも大ダメージだ。
「努力しなければゼロのままだけど、百も努力すれば、一か二にはなるでしょう。一でも違いは出るものよ」
「そんなもんかなあ。骨折り損の……って感じがするけど」
「あんたはそうやって、最初から諦めているから不細工さんのまま。ゼロどころか、日焼けして、お手入れをさぼって、お洒落もしないで、マイナス五にも十にもなってしまってるんと違いますか」
(略)
「もっと綺麗になれる、もっと上手になれる、もっと賢くなれる。自分を信じて努力して、その結果生まれるのが、自信よ」
こんな感じで、普段は「お土産を買う」「これはいらない」「あの店員さん自分のこと気品がある人って言ってた?」と椹野さんを振り回すことも多い中、観察眼がとても鋭くていらっしゃる。これが俗にいう「年の功」というやつなのだろうか。
分かりやすい旅行記というわけではなく、旅行中に出会った人々とのコミュニケーション、あとはまあリアルタイム旅行記ではなく記憶の中の思い出話という感じで、いい話を聞かせてもらった……という気になる本。
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