minami_hato の記事

49 件

今月はどうしてもこの話をしたいので、雑誌掲載の本の話をします。

サエズリ図書館のワルツさん 電子図書館のヒビキさん

かつて星海社FICTIONSから刊行されていた「サエズリ図書館のワルツさん」が帰ってきました。

紙魚の手帖という雑誌に短編が掲載されています。こちらの雑誌は電子書籍版もあります。

いろいろあって本が貴重品になった世界、紙の本は万人のものではなくなった。学校の図書館は本がガラスケースに入れて飾られるような時代だ。パルプが高騰し何度も「電子元年」を迎えた。データがあればそれでいいという人はいる。本好きを贅沢趣味だといい顔をしない人もいる。それでも本は死ななかった。

さえずり町にある私立図書館の特別探索司書 割津唯、サエズリ図書館のワルツさん。
本が文化財のようになった世界でも、誰にでも本を貸し出す図書館の責任者が彼女だ。

「サエズリ図書館のワルツさん」は「趣味は読書です」と目をキラキラさせていう人、電子書籍も便利でいいけどやっぱり本は紙の本じゃないとねという人、ずっと本を読んで育ってきたような人にはページごとに鈍器を振りかざして殴りかかってくるようなおっそろしい本である。
悲しい物語でもほっこりするような話でもない。ただ、本と一緒に育った人間には「痛いほど、その気持ちが、描写が、わかる」ということがあまりに多い本だ。あふれるようなその強い感情を持っていくところがないし咀嚼するのにも時間がかかる。その結果鈍器で丁寧に撲殺されるような本だ。

刊行された当時、約10年前は2巻のほうがより攻撃力が高かったが、今読み返してみると1巻のほうで不意打ちで泣かされることが多かった。

10年ぶりにあったワルツさんはびっくりするほどあの頃のワルツさんだった。
電子化をすすめてくださいという要望メールが山ほど届いても、紙の本が大切で、大切なものはみな重いという、本を愛する変わらない司書だった。

でもこの10年の間でわたしはずいぶん変わってしまったと思う。
より大人になり、20代の頃はばんばん本を買っていたのが仕事上の疲れで本を読めない時期があり [1]ちなみにこの「エンタメを摂取できない」病は退職することで劇的に改善したのでいかにあの労働が悪だったかというのがわかる、2代目のkindle購入により電子書籍利用が圧倒的に進んだ。
kindleのいいところは置き場所を考えなくていいので、ずっと手を出しにくかった単行本をぽんぽんと買えることだ。でもkindleは所詮「データへのアクセス権」が一時的に手に入るだけなので何があっても手元に置いておきたい本を紙で買うようになった。
大事なものをもっと大事にできるようになったということでもある。

そして悲しいことに、読みたいのに物理的に「読みづらい」本と出会ってしまった。
1と0と加藤シゲアキという本で、これは普通の文芸単行本と同じサイズで、「やりたいことを全部やりたいので詰め込んだ」という説明がふさわしく、2段組と言わず3段4段6段と多段組が多用されている。つまりものすごく文字が小さい。
10代20代前半の頃のわたしならたぶん喜んだと思う。なんせ当時あったファンロードという雑誌では掲載されているはがきをすべて、ページの両サイドにびっしりと書き込まれた文字も余すことなく読んでいた。
紙の本で読みにくいなら電子書籍という手段があるけど、ここは付箋を貼っておきたいと思っても、形式上ハイライトができない検索もできないしkindle端末ではまず間違いなく読めないし試し読みも出ていないので手を出せていない。
この先そうやって物理的にnot for meの本が増えてくるのかと思うとそれはそれで悲しい。
そうなったらサイズの大きな電子ペーパー端末を買おうか。タブレット端末推奨の電子書籍はiPad miniで読んでいるがサイズ上の問題で不便はあるのだ。

サエズリ図書館のワルツさん(星海社FICTIONS)は入手困難だけど、東京創元社から文庫化が進んでいる様子。令和のワルツさんの降臨を楽しみに待ちたい。

References

References
1 ちなみにこの「エンタメを摂取できない」病は退職することで劇的に改善したのでいかにあの労働が悪だったかというのがわかる

このビル、空きはありません オフィス仲介戦線、異常あり 森ノ薫

2022年ノベル大賞 大賞受賞作
オフィス専門不動産会社ワークスペースコンサルティング初の女性営業として咲野花が新卒入社して早半年、なんとか手にしたはじめての契約が目の前で壊れた。そして営業部から異動になった。営業からフロアを遠く離れたひとり部署の特務課への異動だ。花の新しい上司となる早乙女を評して営業部での上司、関ケ原は「早乙女さんと働けるなんて咲野はラッキーだよ」と言っていたが、花は左遷人事に対して慰められていると肩を落とした。
花が知っている特務課の仕事は「様々な問い合わせ」の対応、それも仲介会社がどうしようもない苦情や要望にコピペ対応をしているぐらいだ。
もう辞めようと思った。しかし慰留され花は最後にもうひとつだけ仕事をすることにした。花が押印までこぎつけて契約し損ねたソーイングネットワークジャパンの物件探しだ。しかし早乙女に渡された膨大な物件情報リストはソーイングの必要条件は満たしておらず疑念は深まるばかりだ。

表紙は男女であるけど、徹頭徹尾お仕事小説。花の行く先を一緒に進んでいったらここでこんな展開があるなんて、とミステリライクな構成がよい。

威風堂々悪女 白洲梓

瑞燕国の少女玉瑛は「尹族追放令」で下女として暮らしていた貴族の屋敷を追われた。50年程前尹族の柳雪媛が謀反を起こした結果誅殺されたことで、尹族は永遠に奴婢の身分に落とされた。雪媛は後宮で常に皇帝の寵愛を得、権力を増した結果故国の復興を目指したのでは、と伝えられている。
国を追われた夜、玉瑛は火事にまぎれて逃げ出したが王青嘉将軍に斬られ、雪媛への恨みを抱いたまま命を落とした……はずだった。目が覚めた玉瑛を人々は「雪媛」と呼んだ。
あれから7年、玉瑛は「昭儀」と呼ばれる皇后より2つ下のここ数年皇帝の寵愛を得ている妃の地位にいた。そして雪媛となった玉瑛は護衛として当時19歳の王青嘉を指名した。
異世界転生ではなく、過去へ遡る物語

錬金術師の密室 紺野天龍

ファンタジーとミステリの融合。
人類最後の神秘、物理法則さえ無視する神の叡智の結晶、錬金術は2000年前に神の子と呼ばれたヘルメス・トリメギストスによってもたらされ、常人には理解することさえ困難な秘術は世界に7名存在する錬金術師のみに扱える先天的な能力だ。
軍務省の新人少尉エミリア・シュヴァルツデルフィーネはメルクルウス・カンパニィで開かれる錬金術師の式典に参加せよと指令を受けた。その際錬金術関連特務機関の室長にして唯一の職員テレサ・パルケルススに帯同し内偵をせよという任務つきだ。
エミリア(堅物の男)とテレサ(女と酒が好きな女)が向かう式典では人類がいまだ到達していない〈七つの神秘〉が明かされるらしい。しかしその式典が行われる前夜、錬金術師の死体が三重の密室の内側で発見される。
ファンタジーは雰囲気づくりではなくトリックにしっかり関わる代物で、森博嗣初期作品が好きな人は多分好きだろう作品。

はと文庫オンライン本格始動から2周年です。何とか続けています。そろそろなんかひと動き欲しいので来年は進化の年になるといいと思っています。

君の地球が平らになりますように 斜線堂有紀

斜線堂有紀の恋愛短編集。
前作の愛じゃないならこれは何 と一部地続きで東京グレーテル(地下アイドルユニット)やクッカーズノッカー(レシピサイト×マッチングアプリ)も登場。
地獄のような恋愛短編集。
地獄といっても、「気が付いたら地獄だった」ではなく欲しいものが掴めるなら行く先が地獄でも構わないみたいなあれで、幸せをつかむのか何も残らないのか、分かりやすい二元論で終わるわけではないのがいい。

過激な自然派と陰謀論、地下アイドルと握手会、マッチングアプリ、ホス狂いと、現代の日本では割と身近な、見聞きしたことがあるものと恋愛要素とミステリ要素が組み合わさっている。特に「君の地球が平らになりますように」はのめりこむほどどんどん怖くなった。現代の「あなただけ見つめてる」(大黒摩季)みたいな物語なのだ。
サークルの人気者の壱船と彼に恋をしていた地味で冴えない小町。何も始まることなく終わった恋だったが、5年経っても忘れられず同窓会運営募集に飛び込んで再会できるように画策した。
かつて人気者だった壱船は自然派に傾倒し、輸入食品は毒、合成着色料は体に毒、カフェには白湯を持参しもめ事を起こす人物になっていた。まったく手が届かない存在だった彼を肯定するだけで小町は近寄ることができた。徐々にエスカレートしていく壱船をすべて受け入れ生きていくつもりだった。しかし、という話だ。

ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~  中村 颯希

Kindle Unlimitedでコミカライズ1巻が丸ごと読めたので、試しに読んでみたところとても面白かったので原作に遡った。

その昔血で血を洗う権力闘争があったが、ある王の代から後宮が整理され、妃は五家からのみ受け入れられることになった。その後生まれたのが雛宮である。五家と縁のある婚姻前の子女は、雛宮に入内し雛女(ひめ)と呼ばれる次代の妃候補として淑女教育を受ける。
妃は雛女の後見となりいかに雛女を育てるか、資質を競っていた。

が、今代の皇后はほぼ黄家の玲琳で間違いはないだろうと言われていた。病弱ではあるものの、整った容姿に学があり刺繍の腕や舞の才能にも溢れており、誰からも慕われ愛されていた。
しかし流星群の夜、玲琳の環境は一変する。高楼から落ちたかと思えば次に目が覚めたのは無骨な鉄と石に囲われた牢の中で身に覚えのない衣装をまとっていた。
そして目の前に現れたのは自分付きの女官で、彼女は睨みながら「朱 慧月」と呼んだ。
「離宮のどぶネズミ」と呼ばれ、女官からも蔑まれていた朱慧月と黄玲琳は入れ替わっていた。

誰からも愛される美貌と才能に溢れた病弱で令嬢なら投獄された時点で自害していたかもしれない。ただ玲琳は病弱がすぎる体であるため死があまりにも身近すぎたから、脆弱な身体にはあまりにも強すぎるメンタルが宿っていた。体力や強い胃腸を欲していた。
その結果ほぼ死刑になるだろう虎と同じ檻に入れられる審判で生存し、朽ち果てた元食糧庫に追放されても誰にも心配されない夢のような環境だと生活環境を整えた。

現皇太子に寵愛を受ける玲琳だが、恋愛要素はそこまでそこまで。
どちらかといえば強靭な(もしくは人並みな)身体を得た玲琳が生き生きをしている様はコミカルで面白い。シリーズものではあるが、1巻2巻である程度完結している。

あのこは貴族 山内マリコ

東京都渋谷区の高級住宅地に生まれ育った華子は、正月家族が集まる帝国ホテルでの新年会で恋人を一族に紹介するはずだったが別れてしまった。将来の結婚相手を探すべくいろんな人と出会い迷走し、時々は「専業主婦志望丸出し」の家事手伝いという肩書きに引かれ、最終的には姉の紹介でのちに結婚する青木幸一郎と出会う。
もう一人の主人公と言える時岡美紀は富山のごく普通の4人家族として生まれ育ち、大学進学を機に上京した。東京育ちの幼稚舎(小学校)からのエスカレート進学の内部生との金銭感覚に驚いたり見えない階級を意識したりする。なんやかんやあって夜の仕事に就くがそれでも学費が続かず中退し、今も東京にしがみついている。
本来なら出会うことはなかっただろう華子と美紀は青木幸一郎という共通点の元出会った。

本作は映画化もされているが、映画と比べて原作の華子は自我がある。映画の華子は上流階級の育ちでどこか浮世離れしたところがあるのだ。映画は結婚後の話も長いが、原作は結婚までが長い。というか「東京育ち」の女性と「地方生まれ東京に出てきた」女性の、葛藤や意識の変化や成長が見られる。

わたしは地方生まれ地方育ち、そしておそらく(よほどのことがない限り)都会で暮らすことはない人間だ。「地方」といっても度合いがあるが、わたしが住んでいるところは全国で唯一電車が走っておらず自動改札も未実装で、4階建て以上の建物は数えられるぐらいしかない程度の田舎に住んでいるので、そういう視点もあるよなあと新鮮な感覚が得られた。

光のとこにいてね 一穂ミチ

幼少期から30代にかけて出会いと別れを繰り返す2人の女性の物語。

医者の家に生まれて、複数の習い事で多忙な毎日の小学校2年生の小瀧結珠はある時から毎週水曜は「母と一緒に団地に行く」という生活をしていた。ある日5階のベランダで隣室のベランダをのぞき込もうとしている同じ年ぐらいの女の子と出会った。ぼさぼさ頭に原始人みたいな服を着たその子は「校倉果遠(あぜくらかのん)」と名乗った。
結珠と果遠はそれから毎週水曜日、結珠の母が用事を終えて出てくるまでの間団地の公園で一緒に遊んでいた。結珠は果遠に父がいないことに驚き、自然派に傾倒した母の意向でエビフライもハンバーグも食べたことがなく、シャンプーも使わない生活に驚いていた。
お互いの家の「お母さん」の話をしたり時計の読み方を教えたりして、待ち合わせ場所で「光のとこでいてね」と約束して、2人はぱたりと会えなくなってしまった。

2回目に出会ったのは結珠と果遠が高校生に上がった時だ。
S女の制服は高校になると急に野暮ったくなると評判で、おそろいのださい制服が一堂に会した場所に現れたベリーショートの美人が8年ぶりに会う果遠だった。
果遠は小学生の結珠が着ていた制服だけを手掛かりにS女の外部入学という狭き門(1学年15人)を突破してやってきた。結珠もまた一目で果遠の存在を気付いた。
果遠の一途さに結珠は胸を刺すような痛みを感じていて、果遠は結珠からもらったものを支えにしてままならない環境で生き抜いてきた。

再び仲良くなれたと思った2人はまた母の都合で引き裂かれることになる。

あなたへの挑戦状 阿津川辰海・斜線堂有紀

読み終わってからああそういうことねと思った1冊。阿津川辰海・斜線堂有紀による競作。
阿津川辰海「水槽館の殺人」
「水槽館の殺人」は1階から3階まで水槽が埋め込まれたゲストハウス「アクエリアム」で起こった殺人事件。節ごとに「さあこの謎を解いてみろ」と静かに煽るエピグラフがあって、館の見取り図があって、遺体付近の図があって、密室殺人で、ときめくやつである。
斜線堂有紀「ありふれた眠り」
優秀な妹と僕。僕(一寿)と千百合は互いを異物のように扱ういびつな兄妹だ。
妹を避け続けひとり暮らしをしている僕のもとへ千百合がやってきた。千百合は芸大を受験するという。家族にはゲーム会社に勤めていると言っている僕(実際はホテル勤務)はどうすれば妹にばれないかということを考えていた矢先に勤務先で殺人事件が発生した。

競作執筆日記
小説家がどのようにして視点が生まれ作品を作るかということに焦点を置いた日記を書いている。余談だがこれを読んでいたのが、「誰かの日記が読みたい」と言ったすぐ後だったのでその欲が満たされた。

私は電子書籍(kindle)で読みましたが、紙書籍だと袋とじもあるようです。

すずめの戸締まり 新海誠

今話題作の映画の、ノベライズ版です。映画を見た人にもとってもおススメです。
ですがこの映画は「地震」「緊急地震警報」「津波の後」等のシーンがそれなりの頻度で登場するため、東日本大震災及び阪神大震災でつらい思いをされた方にはあんまり「見てください」とは言えない映画です。
Amazon Primevideoで冒頭12分が公開されています(津波後を彷彿とさせるシーンも緊急地震警報に類するアラームが鳴り響くシーンもあります)ので、行ってみたいけどちょっと怖いという方はそちらでお試しください。
この小説版のいいところは「あのシーンはどういうことだったのか」「あのキャラ造形はどうだったのか」「作品のバックグラウンド」について視聴者の考察ではなく公式情報のひとつとして知れることです。
例えば草太が受けるはずだった試験、芹澤がオープンカーで流していた曲について、絵日記はなぜ黒く塗りつぶされたのか。
「映画もう1回見たい」と思える小説版です。マクドナルドのハッピーセットのおまけとしてもらえる「すずめといす」もあわせてご覧ください。

#推しが幸せならOKです 常世かくり

魔法のiらんどからの書籍化。
社会人2年目の疲れたOLがとある金曜の夜、酒とつまみを買い込んでテレビを見ていたら衝撃的なニュース速報が流れてきた。
ムーンプロダクション所属の女性アイドルグループ、coc9tail(カクテル)が年内で解散するというニュースだ。そのニュースは瞬く間に広がり、SNSのトレンドは1位が「coc9tail解散」、2位が「王子大丈夫」だった。
王子とはデビューから1年でのぼりつめた国民的人気俳優、柊美聖(ひいらぎ みさと)のことだ。美聖はcoc9tailのセンター黛息吹(まゆずみ いぶき)のガチオタだった。
あらゆる場で息吹への感謝を口にし、確実視されていた紅白歌合戦では審査員席ではなく客席でcoc9tailのパフォーマンスを見た後拝むようにして泣き崩れていたところが抜かれ、SNSのアイコンは息吹のことしかつぶやかないし、俳優のアカウントというより息吹オタのアカウントにすぎなかった。

この物語は黛息吹のトップオタ、柊美聖が崇拝の対象だった息吹を人間の女性として見られるようになるまでのラブコメです。視点は基本男性(美聖)側で、時々は美聖のオタク視点もあり。
最近はジャニーズ事務所所属のアイドルがオタク趣味を隠さない事案(むしろそっちの仕事をとってくる)が結構ありますけど、あんな感じで、普段推される側にいる顔のいい男が推しを前にしてオタク文法で喋っているのは実に「令和の俳優×アイドルのラブコメ」だなあと思います。

殺し屋ダディ 栗原ちひろ

柳生哮(りゅうせい たける)と我藤朝比(がとう あさひ)は今は亡き殺し屋組織のボスだったオヤジの忘れ形見の4歳児犬星三也(いぬぼし みや)を育てることになった。
オヤジは偉大だった。オヤジは政治的に、もしくは街の治安に関わるデカい殺しだけを請け負ってきた結果誰が誰を殺したがったのかそれはそれはやばい「死者のリスト」が残り、オヤジの死後、そのリストは三也に受け継がれ、そのリスト争奪戦が発生するとみられた。
ただ、三也は「殺しは一切不可」ということを4歳児の語彙全力で伝え、柳生と我藤は「普通の3人家族」の生活を強いられる。
かくして東京と埼玉の県境の団地で、幼稚園への送り迎え、ごみ出し、料理、時々物騒な戦いが始まる。
物語には描かれていないことだけど、朝比は絶対山本ゆりさんのレシピをめっちゃ参考にしているということです。

先ほど作家の紅玉いづきさんと栗原ちひろさんが会社を始めますと告知されました。

サークル名少女文学館はそのまま、今後はツクリゴトより柔軟に制作とのことです。
11月のコミティア新刊は会社づくりエッセイとのこと。
会社づくりエッセイ本(仮)試し読み|紅玉いづき|note

ライト文芸というジャンルがなかったころ、産声をあげて早々に終わりを迎えてしまった「f-clan文庫」の名作「廃王国の六使徒」が同人誌として出し直し&新刊が発行されます。

紅玉いづきさんは作家15周年アンコールの「MAMA 新装版」が11月24日メディアワークス文庫より、栗原ちひろさんは新刊「殺し屋ダディ」が10月20日集英社オレンジ文庫より刊行予定です。

スターリッシュツアーズで踊り、体調不良でくたばっていたらあっという間に9月が終わろうとしている。

地方ではそろそろ上映回数が減っている頃と思いますが、まだ絶賛上映中なので「そういえば10年ぐらい前ニコニコ動画でマジLOVE1000%をよく見てたよ」みたいな人はぜひ令和のマジLOVE1000%をご覧いただきたいです。

千年鬼譚 緋色の鬼神と転生の乙女 神尾あるみ

農学部2年生の鈴鹿涼音は両親を亡くし、真面目に大学に通う傍らバイトや何でも屋稼業にも精を出している。彼女には時間がかかっても買い戻したいものがある。今日ようやく2番目の夢に手が届いた。質入れしている数々のものから鈴鹿家の家宝の剣を再び手に取ることができた。
愛車のカブで帰宅中、一方通行の狭い道を猛スピードで駆けてくる黒バイクに遭遇し間一髪事故を逃れた。が、対向のバイクから転がり落ちてきたものを見て涼音は息を呑んだ。
角が生えた生首だ。生首は千年の眠りについていた自称平安最強の鬼神大嶽丸だという。
衝撃の出会いから一夜が明け、涼音の自宅までやってきた昨日のバイク男の襲撃を交わし、自分が首を斬られたのは鈴鹿山だが体はこの近辺にあるという大嶽丸の言葉のままに横浜の街を駆り2人はついに大嶽丸の体を探し当てた。
それは同時に新しい事件を連れてきた。
警視庁公安部を名乗る男女が現れ大嶽丸を再び封印すると言い、大嶽丸1000年前に自分を殺した女が涼音で、大嶽丸の体に刺さっている短剣は、前日に涼音が買い戻した剣と同じ鉄で作られた姉妹剣だという。

ここがメインではないんだけど、「過去を取り戻す」ことに集中して衣食住すべておざなりになっていた涼音が、意外と手先が器用で凝り性でセンスがある大嶽丸と過ごすことで変化していく様子が良かった。具体的にはシンカンセンスゴイカタイアイスを食べるシーン。

マーブル 珠川こおり

都会にあこがれて一浪してまで入った都内の大学に通う茂果(もか)の毎日は思っていたようなものではなかった。友達は少ないしその少ない友達のひとり、由紀ともうまくやれていない。友達と過ごすぐらいなら家族との時間を増やしたい。上京して足の悪い祖母と弟の穂垂(ほたる)と暮らす毎日だ。
穂垂はアニメの「ヒライス」が好きで、絵を描いてはTwitterにあげている。茂果はアニメのことはよくわからないが、穂垂の絵は好きで毎日見ている。ある日由紀から「好きな絵師の別アカが腐向けで逆カプだったんだけど、この解釈は最高すぎるわ」と見せられたイラストの絵柄がどう見ても穂垂のそれだった。穂垂がBL好きだったとは知らず混乱しながらも本人に直球で聞いてみた。
本人に聞いてみるとあっさり「茂果ちゃんが知ってるアカウントはオールキャラ用でメインは腐向け」だと答えた。
以降茂果の心境は穏やかではない。由紀は腐女子だし、恋人の朗はバイだ。何にも気にしてなかった。それがいざ弟がBLを好み、自らも生産するタイプのオタクだったと知ったら「弟は同性愛者なのだろうか。弟には普通に女の子と付き合って結婚して普通の幸せを手に入れてほしい。男が男を好きになったらもう救いがない。子どもは生まれないしこの先はない」と驚くほど視野狭窄になっていく。
私は穂垂側の人間なこともあり、茂果の発想や言動は押しつけがましいと感じるんだけど、この感情はどこに行きつくんだろうと思って最後まで読んでしまった。
ちなみに穂垂と由紀が大好きなアニメこと「ヒライス」は既刊18冊の漫画原作のアニメで、どういう作品で穂垂の推しカプがどういうものなのかかなり描写されるので、「知らないアニメの布教を受ける」感覚を体験することができる。

「行動制限のない夏」と言う単語を毎日のように耳にしている。年に1回、お盆の4日間だけ全国に名だたる観光地になる我が県は「最高に楽しい4日間」と並行で「地獄のふたが開いたような感染爆発」が発生した。現地絶対楽しいけど、明らかに危険であろうと想定できる場所へ赴くリスクを背負えない私はお盆は引きこもったまま暮らし本を読み漁っていた。
そんないろいろな夏の物語の詰め合わせが今回です。

汝、星のごとく 凪良ゆう

青野櫂と井上暁海、17歳。瀬戸内海の島で暮らしている2人の人生と、恋愛の物語だ。
櫂が生まれてすぐ父は胃がんでこの世を去り母子家庭で育った。母は男なしでは生きられない女で、恋人がいる時は息子でさえ放り出し、捨てられては泣き暮らすを繰り返している。今回も京都から男を追って櫂を連れて引っ越してきた。島唯一の、あからさまな水商売の家の息子だ。漫画を描くことを世界とつながっている。
暁海の父は浮気をしている。3年目の今年はついに父が家を出て、少しずつ家に戻らなくなり今は全く戻ってこない。相手は東京からきた人で今治で刺繍作家をやっている。専業主婦の母は暁海に「お父さんの様子を見てきて」と言いつける。
そんな2人の出会いから恋愛に発展するまで、恋人になってから、高校を卒業した後の生活について、2人の視点を交互に行き来しつつ長い時間が描かれる。
「自分で自分を養える、それは人が生きていくうえで最低限の武器です」と口を変えて語られ、真正面から男女の恋愛を描きつつ、これまでの凪良作品のように多様な家族の形を描いている。
夏に始まって夏に終わる物語だ。

深夜0時の司書見習い 近江泉美

八月最初の週末、美原アンは東京から札幌へやってきた。「籾さんが遊びにおいでと言っているから期限付きでホームステイしておいで。お父さんはお母さんに会いたいから上海へ行くよ」と送り出されたものの、汗だくで辿り着いた籾さんちでは、そんな約束はしていないと一点張りで突っぱねられた。気さくでいい人と聞いた「籾さん」は人相が悪いぶっきらぼうな青年セージひとりのみで、「図書屋敷に参られたし」と書かれたメールを見せた途端にセージはさらに強い口調で帰れとはねつけた。
同居のノトとリッカ夫婦がとりなし籾家で滞在が決まり、セージは「図書館にネットにつながるものの持ち込み禁止」「夜は部屋から出てはいけない」「猫の言うことを聞いてはいけない」と3つのルールをアンに厳命した。
異変があったのはその夜だ。
夢の中だと思った。アンは「仕事の時間だ」としゃべる猫に先導されるがままに鍵を手にして、不思議のアリスよろしくエプロンドレスを身に纏い図書迷宮に降り立っていた。
表側の世界、モミの木文庫所蔵の本が読まれることで裏側の世界「図書迷宮」の世界は変化する。愛読者がいる本は登場人物や著者の姿かたちが明確になって、図書迷宮で闊歩する。逆に読者が少ない本は存在が希薄になって灰色に溶けてしまう。
アンはこの「モミの木文庫」、近隣住民からは図書屋敷と呼ばれる私設図書館でしばらく司書見習いとして働くことになった。本を読む楽しみを知るビブリオファンタジーかと思えば、思わぬ展開に話は展開しきれいに着地する。ジブリ版耳をすませばの作中作が好きな人はたぶん好きだと思います。
ひと夏の冒険譚で、SNSの登場の仕方が現代風。

サマーサイダー 壁井ユカコ

幼い頃は三浦誉と倉田ミズは恵悠の子分だった。
3人の関係は緊張感をもったものになったり子分ではなくなったり形を変えつつも高校になった今も続いている。廃校になった中学校に残った備品の整理に最後の世代がかりだされ、最終的に残ったのは誉と悠とミズの3人。
3人が過ごした教室は卒業式の雰囲気をまだ残していた。2次会の出席や落書きが残された黒板を見ているとクラスメイトの声が聞こえてきそうなものの、室内は蝉時雨で満たされている。
干からびて花瓶に貼り付いた花が教壇に置かれていた。夏の日に教員宿舎で変死体として発見された担任に手向けられた花だ。3人の中学校の時の担任は「僕は蝉の幼虫なんだ」と蝉に傾倒した佐野青春という変わり者だった。
ひと夏の青春ホラー。

花は愛しき死者たちのために 柳井はづき

2021年ノベル大賞準大賞受賞作。

硝子の棺で横たわる死せる乙女エリス。彼女は決して朽ちることなくその美しさをとどめている。
エリスの棺がいつからあるのか、素性も没年もなぜ腐敗しないのかなぜ死んだのか、エリスに関することは一切不明だ。エリスの棺はカロンと名乗る黒衣の男によって運ばれ、金色の鍵とともに姿を見せる。
ある時は親を知らず先代の墓守とも死別した純粋な墓守の青年ヨゼのもとへ
ある時は成金貴族の子息セドリックのもとへ
薔薇を摘んで香水を作る家で育ったドロテの近くへ
カロンに絵のモデルを頼んだギルベルトのもとへ
エリスは何も語らず硝子の中でただ横たわるのみ。またひとりエリスに狂わされた者が命を落とす。

特に受賞作にして表題作「花は愛しき死者たちのために」は宗教に対して教科書程度の知識しかない一般人(わたしのことです)が考える「カトリックの世界観」で描かれていて、信仰が生活に根付いている物語だと感じた。
エリスにささげる花を買いに行ったヨゼが「花ならマルガが売っている」と言われて春を売る方の「花売り」マルガのことを知る。ヨゼは造花を買うためマルガのもとへ通うようになる。
とにかく物語を読ませる能力がすごく強い。

わたくしSound Horizonのファン歴19年目の人間ですが、Elysion~楽園幻想物語組曲~、特にエルの肖像がよく似合うと思います。ああいう感じが好きな人は多分好き。
2021年ノベル大賞受賞者 一問一答を読んだところ、「怪奇・幻想・耽美な雰囲気のある作品が好き」とのことで1期曲は相性がいいと思います。
それはそれとしてダークファンタジーが好きな人はぜひおすすめ。

後宮不美人 鈴生庭

これはちょっと帯のインパクトがすごいので読むことにしました。


ちなみにまだkindle版はありません。

目が覚めたら可愛い女性が心配そうにのぞき込んでいた。そんなはずがない。自分は死んだはずなのだ。

コンプレックスの塊の正規は浪人中で、東大に入学したらクイズ王になって在学中に司法試験に合格して検事になると息まいていた。しかし改札を出て歩きスマホをしてしまっていたところ交通事故に遭い命を落とした。
状況を確認しているとここは姉に薦められてちょっとだけプレイした中華風後宮乙女ゲームの世界だと分かった。そして自分は今女性の体を得て、脇役キャラクターの婉婉(えんえん)として転生した。
婉婉は幼馴染のイケメン皇子に婚約破棄されて死を選んだらしい。正規は婉婉に代わって復讐することを決めた。とはいえ命を奪うわけではない。死にたくなるほどの辱めを与えたいだけだ。
婉婉=正規は宮女試験を潜り抜け後宮に潜入した。転生前の知識を使い手柄を上げて皇子に近づく機会を得たが、復讐を果たす前に暗殺未遂事件の犯人に仕立て上げられてしまう。身の潔白を果たすために正規は奔走する。

会社の裏に同僚埋めてくるけど何か質問ある? 夕鷺かのう

独立短編集のような、シリーズ3冊目。でも普通にこれ単独で読めます。わたしがこれシリーズものかと気づいたのもの人の感想を見て気づいたようなもので。
「めっちゃご利益ある縁切り神社」に駆け込むまでの話で、社畜系お仕事小説かと思えば叙述トリックみたいな短編もあってよくできたミステリを読んだ気持ちで読み終わりました。
でもひたすら恨みつらみを限界まで積み重ねた上での発露で、残酷なシーンもあるので、今仕事上で追いつめられるレベルで悩んでいることがある人、日頃モンスタークレーマーと接することが多い人にはちょっとおススメできない本です。

シリーズ1冊目:今日は天気がいいので上司を撲殺しようと思います (集英社オレンジ文庫) Kindle版
シリーズ2冊目:神さま気どりの客はどこかでそっと死んでください (集英社オレンジ文庫) Kindle版

6/16~6/24の間閲覧不能状態でした。この期間に読もうとしていた方がいらっしゃいましたら申し訳ありませんでした。まだ続けていく所存です。

葬儀屋にしまつ民俗異聞 鬼のとむらい 夕鷺かのう

似矢西待(にせや・にしまつ)23歳。
絶対に家業(葬儀屋)を継ぐまいと思うも今日も葬儀の場に出ている。西待のそばには、少年といっても通る容姿の年の離れた兄、東天(あずま)が常に存在する。彼は民俗学(および民族学)に詳しく、葬儀にまつわるいろんな知識を弟に垂れ流していた。
兄は実に優秀だったがのっぴきならない事情で跡目候補から外れた。西待は家業を継ぐ条件として、実家を継ぐまでの間特殊葬儀、フリーの葬儀屋として全国を巡ることに決めた。しかしメールフォームから届く依頼は犯罪の片棒を担がせるつもりのものばかり。
ようやく届いたメールは「先日亡くなった嫁の弔いをしてほしい」というものだ。
西待と東天は片道6時間半かけて東北地方の山奥へ飛んだ。

読み進めるほどに明かされる事実(ちょっとびっくりする感じの)とか、一見では分からない「人の悪意」とか不気味さとか、土着の文化とか冥婚とかそういうのが好きな人にはぜひともおすすめしたい1冊。
東天兄さんが結構口がたつ人で、掛け合いが相当楽しい感じなんですが、楽しい掛け合いからの落差! っていうのも温度差がすごくてよいです。
ちなみに葬儀屋が舞台装置なので死体描写や葬儀に関する描写がそれなりの分量で存在します。人死にを扱った物語は苦手だとか、近親者を亡くしたばかりとかそういう人は要注意でお願いします。

犬飼いちゃんと猫飼い先生 ご主人たちは両片思い 竹岡葉月

先日おいしいベランダが完結して後日談等短編集と同時刊行された新作。

転勤族の家庭に生まれ定住をきっかけに愛犬(名前はフンフン)と暮らし始めた三隅藍。
同じ動物病院に通っている犬にトラウマがある猫派鴨井心晴(愛猫の名前はキャロル。子どものころからずっとともに育ってきた)と出会い、「フルネームさえ知らないが気になる存在」から「お互いのペットを介した友達」となる物語です。女子高生と24歳生物教師の、今は友達どまりだけどゆくゆくは恋愛ものになるだろうと思われます。雰囲気はいつもの竹岡葉月作品で、いつもと違うのは飼い犬飼い猫視点の章もあるところです。
日常ものです。事件らしい事件は起こらないし犬猫が人間の姿を得ることもありませんが、ペットを飼ううえで避けては通れないことは大体起こります。

PAGE TOP