再びの緊急事態宣言の春がやってきてしまった。

別冊文芸春秋2021年5月号

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突然の雑誌(しかも電子書籍限定)だけど、今が波に乗る上でベストタイミングなので。
2021年5月号からはじまった連載のうち2つご紹介します。
ひとつは有栖川有栖「捜査線上の夕映え」
もうひとつは一穂ミチ「光のところにいてね」

まず「捜査線上の夕映え」から。
こちらは火村英生シリーズ最新長編作品。「連載開始にあたっての前書き」を読んでいたらシリーズ最初の作品「46番目の密室」が世に出たのは今から29年前、1992年のこと。
途中まで加齢し、今は34歳のままの火村さんとアリスは今作で2020年9月を生きる。
新型コロナウィルスの第2波が過ぎかけた、まだそれなりに平和だった頃の大阪と京都が舞台だ。
アリスはマスクをしてちょっとした旅もしくはただの電車での移動をし、火村さんはオンライン講義をする。
この連載が終了し新刊として発売される頃には「そういえばこんなこともあったね」と言える世の中になっていてほしいコロナ禍のミステリ。

そして「光のところにいてね」
この後とりあげる「スモールワールズ」が発売されたばかりの一穂ミチの一般向け(多分)新作長編。今後は成長するだろう、第1章では小学生の結珠(ゆず)と果遠(かのん)、2人の物語だ。

小2にして習い事だらけの生活を送っている結珠は、ある日母に連れられてとある団地へ行った。母は病院や施設でボランティアをしており今回もそれだというが、結珠が見たものはぼさぼさ頭で無精ひげを生やした男性と、その男性の前では今まで見たことがないようなふるまいをする母だった。
母とともに団地へ行き「階下で30分待て誰とも話すな」というそれは習い事がない水曜ごとに繰り返され、結珠はこの団地に住む果遠と出会った。
果遠の母は食品添加物や電磁波や予防接種等をこの上なく憎悪し、オーガニックに傾倒した人物だ。その母の元、果遠は食べ物や着る物や髪型、ちょっとした生活用品に友人関係に至るまで大きく制限や影響を受けているが果遠は「お母さんのそういう所嫌いじゃないけど、結珠ちゃんの前でされたらちょっと嫌いになるかもしれない」という。スモールワールズとも共通するところだが、季節の移り変わりや時間の描写がとても素敵だ。

別冊文芸春秋は隔月刊(※ただし電子書籍限定。紙書籍もあるにはあるが著者関係者のみの非売品の模様)発売日の時点でkindle unlimited対象書籍となっている。

今回の夕映えは、『朱色の研究』や『幻坂』の夕焼けとは違うのだ――念願の火村シリーズ最新長篇に懸ける想い はじまりのことば | コラム・エッセイ – 本の話
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迷ってばかりの私がようやく見つけた萌芽… ふたりの少女と共に私はこの物語を紡いでいく はじまりのことば | コラム・エッセイ – 本の話
うらぶれた団地で出会った結珠と果遠。惹かれ合う少女を通して描く家族、そして愛の物語 電子版37号 | ちょい読み – 本の話

スモールワールズ 一穂ミチ

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発売前からものすごい勢いで推されていて、丁寧な公式サイトはあるわ声優櫻井孝宏氏による掌編の朗読(19分)もあるし書店員さんのポップはすごいし既にコミカライズがアフタヌーンで走っている。

コミカライズについてはスモールワール公式サイト │ 講談社で一部公開されているので見てほしい。

で、本の内容に戻る。短編集だけどいい意味で何を読んでいるのか分からない。アンソロジーを読んでいるかのように内容も文体も様々なのだ。「家族」という共通点があるが、ミステリ(ちなみに収録作品の「ピクニック」は日本推理作家協会賞短編部門にノミネートされていた)もあるし、書簡体小説もあるし、コミカライズがすごく映えるようなコメディに寄った作品もあるしうらぶれた教師と離婚した妻が引き取った娘(心の性別では息子)の話もある。家族という小さな世界の物語がどれも驚きの展開へ連れていく。
「泣ける物語」ではない(泣く人はいると思う)、ほっこりする物語でもない、でも絶望の物語でもメリバでもないのだ。「分かりやすい」「ちょっといい話」のだけど、傑作がこんなにも1冊に集っていることがあるかーーーと叫びたくなる物語だ。

電子書籍:○

今(2021/4/25)やってるDMMブックスのポイント50%バックキャンペーンで一穂ミチ作品BLを含めて多くが対象になっている のでこれを機にいかがですか……。
非BL作品は「スモールワールズ」と「きょうの日はさようなら」の2冊のみ。
BL作品のオススメは「イエスかノーか半分か」(シリーズ作品の1冊目)と「ぼくのスター」(これは単刊)

となりの魔王 雪乃下 ナチ

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緊急事態宣言でくさくさしている人もいるかと思うので、コメディに全振りの作品を引っ張り出した。
地方の町が舞台で現代だけどファンタジー。どのぐらい地方かというと「町内会」「回覧板」が生きている、「24時間営業のコンビニができたら町が沸き立つ」田舎町だ。そんな町に一人の少女には激震が走り、それ以外の住民には「コンビニができた以下」の事件が起きた。
瀬野夏織の隣に魔王が引っ越してきた。魔王だ。マッチョすぎるから魔王とあだ名がついたのではない。角が生えていて真っ黒のマントをまとい肩にはカラスを乗せている。ちなみに空も飛べる。ご丁寧に引っ越しそばを持ってきたその魔王はこの町になじんだ。
夏織の家族からして「そりゃ角ぐらい生えてるわよ魔王だもん」「ここらあたりじゃ魔王が引っ越してくるなんて珍しくもなんともないでしょ」という。
魔王が引っ越してきて、何をするわけでもなく、何日か何十年か普通に暮らして戻っていく。ここはそういう土地らしい。

そういうただの日常系コメディだ。勇者は出てくるけど魔王と夏織の間にラブが生まれない。
本作は2015年にビーズログ文庫アリスから刊行されたもので、元は個人サイトで連載されていたオンライン小説。小説家になろうにも掲載されておりこちらには書籍版には収録されていないものも載っている模様。

となりの魔王(小説家になろう)

暁天の星 鬼籍通覧/椹野道流

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最近ようやく「いつか見る」リストにあったドラマのアンナチュラルを見た。見たと言っても今まだ完走はしてなくてあと2話残している状態。UDIラボという架空の研究機関で不自然な死を遂げたご遺体の解剖・死因の究明を進め、死の裏に隠された謎だったり事件だったりを解明していく物語だ。
でこれを見るにあたって思い出したのが鬼籍通覧だ。こちらは大阪府にあるO医科大学法医学教室に配属された新人伊月崇が先輩の伏野ミチルにしごかれ、ご遺体を解剖する。
ある日やってきたご遺体は線路に飛び込んだ若い女性に車に飛び込んだ若い女性。謎の共通点とは。

アンナチュラルに比べると欠損部位が多いご遺体が多いので、文字から状態を想像してしまうとうわぁ……となってしまう人もいるだろう内容でホラー要素を含むのでそういう意味ではちょっと読む人を選ぶ本ではあるんだけど、間に「飯食う人々」というインターミッション的ななごむシーンも挟まれている。