今回は文字数多めになったので3冊でお届け。
ミミズクと夜の王 完全版 紅玉いづき
ミミズクと夜の王 完全版 (メディアワークス文庫) Kindle版
15年前刊行された紅玉いづきデビュー作の「ミミズクと夜の王」の新装版が刊行された。
電撃文庫マガジンに掲載されその後電子書籍で刊行されていた「鳥籠巫女と聖剣の騎士」に追加エピソードが加筆されている。
夜の森にひとりの少女が迷い込んだ。両手にはジャラジャラと鳴る鎖、額には番号が焼き印で刻まれている。ことあるたびに自分は家畜だ、人間ではないと言い、森に迷い込んだ最初の夜に出会った王に「あたしを食べて」と頼んだ死にたがりの少女の物語。
15年前のリアルタイム読者だった私は「わーい完全版だー」と駆け寄って読んだら背後からナイフで刺されたような衝撃だった。これまでのたびたび鋭利なナイフや鈍器のような衝撃でボコボコにされた紅玉いづき作品は多くあるけど、15年前まったくもってぴんとこなかった「白状します。泣きました。奇をてらわないこのまっすぐさに負けました」という有川ひろ(当時有川浩)の帯コメントがまんま自分の身に降りかかるとは思わなかった。これが加齢による味変か?
「少女は走る。恋した相手のもとへ」というまっすぐな物語に、「初めて読んだのかな?」というレベルで外で泣くという事案だった。「マスクをしていてよかった」とこれほどまで思うことがあるとは思わなかったな。
紅玉いづきデビュー15周年企画として現在3か月連続刊行中。先日姉妹作の「毒吐姫と星の石」が刊行された。コミカライズ「ミミズクと夜の王」はLaLaで連載中でコミックスは3巻まで刊行。
働く私と彼女の同棲 野水はた
カクヨムからの書籍化で百合。
「冷めてる」と言われがちの花芹茉莉(はなせり まつり)は母を亡くした桃山澄玲(ももやま すみれ)を預かることになった。澄玲の父は服役中で、誰も澄玲の面倒を見ようとはしたがらなかったらしい。「澄玲の高校から一番近い」という理由と「あんたももう大人なんだから」と半ば押し切られるようにして澄玲は茉莉のアパートへやってきた。
暗い部屋で膝を抱えていた澄玲が罪悪感なく電気をつけられるようになって、徐々に近づいていく2人が心情描写も多く語られていてよかった。
ちなみに本作は「女性ふたりの交流が描かれている」という意味の百合だけではなく、恋愛的な意味での百合でもある。かといって性描写は(商業BL小説に比べれば)格段に少ない。キスシーンはあるがそれ以上は匂わせ程度だ。しかしただの接触は非常に多い。
茉莉のことを「まつり」と呼ぶようになって以降の澄玲は犬のようになついていたし、銭湯の湯舟につかって「大人は駄目だけど子供は殴っていい」と澄玲に言ったことや、ちょっとした動作がバタフライエフェクトのように作用していたのがとてもよかった。「伏線回収」と言われたらそれはなんか違うように感じるが、「人間の営みの積み重ね」はこういうものだと思った。つい先日最終回を迎えたカムカムエヴリバディを思い出す。
読んでる途中で「おっ」となったのは茉莉の年齢だ。20代後半ぐらいだろうかと思いながら読んでいたが、若干20歳だった。同級生にはまだ学生も多くいるだろう年齢だ。でも茉莉は今の花屋で勤続2年でマンションでひとり暮らしをしていて、おそらく自分の稼ぎで生活している中で澄玲の生活費や学校までの定期代とかの面倒も見ている。茉莉はたびたび「大人とは?」ということについて考えたり話したりしているけど、「大人」というにはあまりにも年若く感じられて、自分が20歳のころを思い起こして、しっかりしてるなあと思いながら読んだ。この作品は20歳と17歳だからできることだ。
東京かくりよ公安局 松田 詩依
東京かくりよ公安局 (小学館文庫キャラブン!) Kindle版
小学館文庫キャラブン! アニバーサリー賞受賞作品の大幅加筆作品。
この賞はよくある賞とは違って「小学館文庫キャラブン!のレーベル創刊時のこのイラストにつける」短編小説を募集します、というものだった。
1章(受賞作)に書き下ろしを加えて連作短編になったのがこの作品。
ある冬の日、新月の晩。フードデリバリーのバイト中の西淵真澄の運命は動いた。
「連絡がつかなかったらお兄さんが食べてください」という最近増えてきた「公共施設を配達場所として指定する謎案件」のため真澄は深夜0時に東京駅にやってきた。弟からの電話が突然切れたことを不思議に思い画面を見てみると表示されているのは「圏外」の2文字。気が付けば周囲から人の気配が途絶え、地図からは「東京駅」の表示が消え代わりに「東京幽世壱番街」と現れた。
その瞬間浮遊感とともに東京の街の下に知らない街の姿を見た。今見ているのが夢ではない証拠に真澄を襲ったのは強い衝撃と血の味と死が迫る気配だ。
そうして真澄は死を免れたかわりに前代未聞の「半人半妖の狐憑き」となった。今真澄の体には天狐神黄金と名乗る、狐の耳をもつ美少女が住んでいる。
真澄は事件に巻き込まれた被害者だが、天狐の力がどう作用するかわからず事態が判明するまで「東京幽世公安局公安部公安特務課預かり」となった。承諾すれば衣食住と就職先としての給与が保証され、拒否すれば良くて幽閉悪ければ人体標本となる。選択肢はなかった。
真澄は現世の真下、異界幽世の住人となる。公安特務課には狐憑き真澄以外には鬼蜘蛛ヒバナ、鬼の子百目鬼、烏天狗三海、人間の戸塚と九十九がいる。
幽世での騒動は直上の現世に影響を与える。事態収拾にあたるのが公安特務課だ。
ライト文芸あるあるあやかしほっこりもの謎解きものお仕事ものではなく、アクション多めで少年漫画みたいなノリで、ジャンプで言うとアヤシモンです。
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